「お前ぇ、何のつもりだ」

「ほっといて下さい。あたしは片倉さんの性欲を発散する為の道具じゃありません」

「バカか。誰がンなこと言いやがった」

「あなたの口が!態度が!そう言ってるんですよ!」


昼過ぎ、普段は女中仕事用にと誂えさせた地味な着物を「動きやすいから」という至極簡単な理由で着ている名が、どこで手に入れたのか控えめながら繊細な染めの上等な着物を着ていたことで全て始まった。

「面倒だから」という明解なわかりやすさで一つにくくられているはずの髪も丁寧に結い上げられ、「必要ないから」という女としては問題のありそうな理由で紅の一つも使わなかった筈の顔は化粧が薄く施されている。

少し気を抜くとうっかり、露になっているうなじに目がとらわれてしまうがそれを気取られたら今度こそ面倒なことになる。


「…いいから、戻れ」

「良くない。戻らない。片倉さんはもう少し危機感を持つべき」

「あァ?…ふざけんなよ」


城門の前で繰り返す押し問答に、最初こそ「痴話喧嘩だ」と囃し立てていた周囲も既に「いつ止めようか」とおろおろしている。

そして俺はこの女をこんな格好で城下に放り出すわけにはいかない。


「離して、出掛けるんだから」

「よしわかった、俺がついてってやるから」

「それじゃ意味ないじゃない!」


頭で揺れる簪も首から覗く襦袢の色も見事な着物も下駄も、全部俺の知らないもの。そして全部彼女に似合っているものだから余計に胸くそ悪い。


「…わかった、謝る」

「結構です。仕方なく謝るようなひとにも用はありません!」


…人が譲歩してやりゃあこの女…!
しかしツンと俺と目を合わせようとしないその頑なな表情でさえ、うっかり可愛いと思ってしまう。
夜は夜で大概しおらしく可愛らしいし、昼はこれでもいいかもしれない。…ただし、この状態の彼女が俺じゃねぇ他の男の隣でヘラヘラ笑うのだけはいただけねぇが。


「おいテメーら、城門閉めろ城門」

「片倉さん横暴!」


それにしても城の人間の野次馬根性には感心する。確かに最近戦もねぇし、男連中がこんなつまらねぇことでも時間潰しに盛り上げるのはわかる、が、……この城の女共、暇なのか。


「…名、部屋に戻れ。若しくは着替えてから外に出ろ」

「嫌です。何ですか片倉さん、何様のつもり?」

「うるせぇ、俺はやることがあるんだ。こんな下らねぇ茶番に付き合ってられっか」

「…ふーん。……みなさぁぁぁん!片倉さんは昨晩あたしに"お前は俺に鳴かされてりゃ生きていけんだよ"って言ったんですよぉぉぉ!!!!」

「ちょ、おま!バカか!!」


瞬間凍りついた視線。…わかってる。確かに俺が悪かった。でもアレはまぁ、なんつーか言葉のアヤで、俺の下で喘ぐ名が余りにも可愛かったからつい。そして周囲の視線が痛い。


「もういい!片倉さんなんかキライ!」

「あぁそーかよバカ。俺は何故だか名が好きだ畜生」

「…………もっかい言って」

「……本当に現金な女だな」


掴んだままだった手首を解放しても逃げない所か俺に詰め寄る名。これは…どうしたもんか。

さっきまでおろおろと騒がしかった周囲は「なーんだ」と言わんばかりの生ぬるいにやついた笑みと空気で俺たちを取り巻く。

…政宗様が遠駆けに出ていて良かった。良くはないが、とりあえず良かった。


「新しい着物」

「…わかった、買ってやるから…だから」

「なに」

「それ、脱げ」






全部君のせい!






「…ねぇ、あたしも結構化けるでしょ?」

「似合いすぎて部屋から出したくねぇよバカ」


開け放されたままの城門に背を向けた俺の腕、名の腕がするりと巻き付くのを感じながらため息を吐いた。

政宗様、恐らく政宗様が名にやったであろうこの着物、申し訳ありませんが小十郎が責任を持って処分させていただきます。




by six.



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