星も月も見えない夜がこんなに怖いなんて、思ってもみなかった。
毎晩、光の差さない場所に身を隠すようにして眠っていたはずなのに、どうしてだろう何故だか無性に光が恋しい。
「起きてたのか」
「…おかえりなさい」
しまった、と思った。
彼がこの部屋を出て行ったのはほんの少しの時間なのに、それなのに私は何故だか長い時間放り出されていたような気持ちになっていた。
「おかえりなさい」と声をかけた私を見下ろす双眸が一瞬訝しげに見開かれ、思わず目を逸らしてしまう。
「名、」
次いで降ってきた声が余りにも優しくて、私はとうとう顔を上げられない。
少し着崩れた夜着の袷をぎゅっと握って俯く。
「…顔、上げろ」
俯いた私の視線の中、緩やかに進入してきた大きな足の甲。
彼の夜着の裾が揺れる。
「……名、怒ってるわけじゃねぇから」
「、わかってる」
ぽすんと私の頭を叩くように撫でる無骨な手のひらがあたたかい。
その指先が私の髪を梳くように遊んで、そして頬に伸ばされた手が、いとも簡単に私の顔を上にあげる。
「…んな、迷い子みてぇな顔してんじゃねぇよ」
「してない」
呆れたように笑うその表情は、私が好きな彼の表情のひとつ。
それなのに今はそれが何故だか無性に厭わしくて、思わず眉根を寄せてしまった。
襖の前で蝋燭の火がゆらゆらと動いているのを視界の端に捉えながら、私は視線を彼の瞳から逸らす。
「…すっかり冷えちまったじゃねぇか」
ゆるゆると私の頬を撫でる彼の手のひらと指先。
かさついたその手の、乾いた指が頬を滑るたびにざらざらする。
「ごめんなさい、私、たぶん今夜眠れないから、小十郎さんは先に寝て」
「……」
視線だけで布団を示したら、中腰のまま私の頬を撫でていた彼の手の動きが止まった。
恐る恐る彼の表情を確かめたら、彼は酷く悲しそうな表情をしていた。
「…小十郎さん」
「なぁ、名」
優しいのに、どこか沈んだような声色が鼓膜を揺らす。
「何が、怖いんだ」
ざり、と畳が擦れる音がしたと思ったら、彼は目の前に胡坐をかいた。
組まれた彼の足から、視線をあげる。
「…暗くて」
「…あぁ」
「…目が覚めたら、いなかったから」
彼の手が頬を下へ滑り、今度は首を撫でる。
まるで猫をあやすように首筋を撫でる指先に時折髪が触れる。
「一人きりなんだって、そう思ったの」
肩口にたどり着いた手が私の背中を引き寄せて、彼は私をその厚い胸に押し付けた。
耳から直接頭に響くのは彼の心の臓の刻む音。
錆付いた燭台の足元にばらばらと広がる蝋燭。
寒くて目が覚めたら、そこにいるはずの、そこに居て欲しかった人の姿がなかったから。
必死に目を凝らして火をつけた蝋燭が部屋の中を照らして、それでも彼の姿が見つからなかったから。
「…眠るまで、こうしててやるから」
「いや、」
体重を全部預けても微動だにしないその体躯が私を全身で包んでくれる。
「…起きるまで、抱き締めてて」
彼の身体に従って布団の中へ埋められた私の隣、私に腕枕をしながら彼がまた、困ったように笑った。
「…明日になりゃ、星も月も見えるから」
甘やかしてよ流星群
「小十郎さん」
「なんだ」
「もっと強く、抱き締めてて」
「…あんまくっついてっと、鳴かせるぞ」
「……いや」
星も月も見えない夜。
私が怖かったのが、あなたのいない暗闇だった頃の話。
by six.