灯りを消して真っ暗にした部屋。布団に入って暗闇に目が慣れてきた頃、一抹の不安が胸をよぎった。理由は解らない。同時に思い出されるは昼間に甘味処で会った迷彩のお兄さん。主人のお使いだと笑ってお団子を包んで貰っていた。あの笑顔が頭から離れない。


「…は、っ」


息が苦しくなる。お世辞にも広いとは言えないこの部屋で、一人天井を見詰める行為はもう何時間にも及んでいた。眠れない焦りと虚無感。胸にぽっかりと穴が空いたような、無性に寂しさに苛まれる。

曇った空からの月明かりは地上へは届かず、ただ暗闇だけが支配している。段々と呼吸がしにくくなる。酸素の吸い込み方が仕方が解らない。浅い呼吸をひたすら繰り返し、一筋の涙が頬を伝った時だった。


「姫さんこんばんは」


聞き覚えのある声がしたかと思うと、反射的に叫ぼうと開いた口を瞬時に塞がれる。目だけを動かして手の先を見上げるとそこには楽しそうな笑顔があった。酸素不足を伝えるべく声にならない唸りをあげると押さえつけていた手は簡単に離れた。


「あ、なたは…!」
「大きい声出さないで、見つかっちゃう」


人差し指を立てて小声を促す彼は、心なしか声を弾ませて言う。兎に角この体制をどうにかしたくて布団に手をついて起き上がった。


「どうして、ここに」
「夜中に男が女を訪ねる理由を訊くの?」


野暮じゃない?黒い手袋を外した長い指が頬を滑る。近付いてきた顔に体を退いたら、柔らかい布団にバランスが崩れて枕に戻ってしまった。すかさず覆い被さってくる彼から微かに鉄の匂いがして思わず顔を顰める。


「すきなんだよね」
「…今日会ったばっかりなのに」
「一目惚れっていうじゃん」
「所詮一目惚れだから関係を急ぐの?」
「痛いとこつくね」


張り付いた笑顔が一瞬、歪んだ。ほんの一瞬だったけれど見間違いではない。頭の片隅の記憶。そうだ、この人は嘘を吐けない。
顔の横についた手を払うとぐっと距離が縮まる。突然のことに驚いている彼の首に腕を回して瞳を覗き込んだ。息苦しさはもう感じない。


「ほんと、相変わらずなのね」
「お互い様でしょ」


懐古


彼の名を、思い出すまでもう少し。




by eight.




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