秋の乾いた空の下を、潤すようたっぷりと水を撒く。
今年の畑は出来がいい。
満足しながら額に当てていた布を取り、一面を見渡す。
見慣れた女が顔を上げた。
「片倉さま」
「なんだ」
「今年は豊作になりそうですね」
「ああ、兵達にも精が付く」
「…片倉さまは、政宗さまに慶事があるまで身を固めないおつもりですか?」
「別にそう決めてるわけじゃあねぇが。どうした急に」
「そうですか。いえ」
こちらを見上げ微笑んだ顔は心なしか蒸気していた。瞳もわずかに潤んでいる。
「それは良かったです」
どういう意味だ。
「…何かあるのか?」
「いえ、」
短い付き合いでもあるまいに。珍しく逡巡している名の頭に、手を伸ばそうとした瞬間そいつは言った。
「田村の方から良い縁談が持ち上がっていると、喜多さまが」
「…俺にか?」
「ええ。野菜が女房の日々ともようやくお別れですね。本当に良かったです」
しゃがみ込んで白菜の葉を撫でるようにしている名の顔は、ほっかむりでよく見えない。
「ああほっとしました。ほっとしすぎて、なんだかこちらまで…」
「…名?」
「気が抜けました」
そう笑い畑を後にした名の後ろ姿を見ながら考える。
縁談、か…。
ふぅと息をつき、見慣れた畑をもう一度見渡した。
見慣れた女の顔が浮かぶ。
…姉上の所へ行かねば。
次の日、畑に赴けば早速名に詰め寄られた。
まったくこいつは耳が早い。そして姉上は口が軽い。
どうして?と息巻く名を腕でいなしながら言う。
「どうして断ったんですか!」
「今はまだ時期じゃない。そう俺が判断しただけだ」
「でも、でも!」
何かを言おうとして口をつぐんだ名がバッと後ろを向く。
足元の土にポタポタと雫が落ちた。秋の空は相変わらず乾いている。
「そんなに泣くな。野菜がしょっぱくなっちまう」
彼女を引き寄せ自分の胸に顔を押し付ければ、名はバカですね、と呟いた。
「私だってそう遠くないいつか、國のために御家のためにどこかへ嫁ぐのに」
「だから、べつにお前のためじゃねぇと言ってるだろう」
「だったらこんな風に抱きしめたりしないで下さいよ」
「抱きしめてるんじゃない。季節外れの塩害から野菜を守ってるんだ。身を呈して」
「ああもう放して下さいっ、うるさい。理屈っぽい」
抱き合いながら喧嘩する二人を見て「そういうことなら何故もっと早く言わないのですか」と喜多さんがお説教を始めるまでにはあと少しかかる。
収穫の秋
ほうさくほうさく。
by seven.