「…小十郎さまはいいですよねー」

「何がだ」

「だって戦の陣中で政宗さまが欲求不満になったらお相手するんでしょ?」


陽も高い時刻。久々に城へと来たかつての政宗様の鍛錬仲間、所謂幼馴染である名はこともあろうか政宗様と俺と3人で茶を啜る縁側に、とんでもない爆弾を持ってきやがった。

目の前では女中が目を剥いてこちらをちらりと伺った後、「大丈夫です」とでも言わんばかりの控えめで慈悲深い笑みを湛えて背を向けた。…こりゃちっとも「大丈夫」じゃねぇな。


「Hum.名、そんな話どこで仕入れた」

「父上!」

「Okay!小十郎!」

「は、直ちに斬って参ります」

「まま待って!斬っちゃだめ!」


名の父親は武士だ。伊達に仕える家系の一つ。その娘である名に対して、父親は女らしい教育をほとんど施していない。自らの出世のために嫁に出すことなど、一切考えていないようだ。その証拠にまだ名が幼いころ、将来仕える主と同じ勉学を受けさせ同じ鍛錬に励ませた。
つまりこいつの父親は、名を武士にしたいのだろう。

しかしその名は今、とんでもない爆弾を持ち込んで更にその爆弾に火を点けようとしている。早まるな野菜やるから。


「…Okay….名、何でそういう話になった」

「父上がね、男同士だと子が出来ぬ故好都合だ、って」

「………まさか名の父親…」

「いや、父上は、…ないんじゃないかな」


名は更に一抹の不安を寄越した。戦の最中、ある程度政宗様の近くで刀を振るうその姿、かくも凛々しく雄雄しい背中、その瞳にまさか政宗様への情欲が混じっていたとなればどうすべきか。


「…で、俺と小十郎が、その、なんだ…そうだとかいうふざけた話は?」

「小姓は主のためならなんでもするって」

「それはある意味違いねぇが、大体俺と政宗様とでどうしろっつーんだ」

「お尻なんだって」


名を間に挟んだ反対側で政宗様が茶を噴いた。「政宗さまきたないよ!」と叫ぶ名。お前のせいだお前の。


「尻って、んなバカな」

「でも締まりがいいって」

「…Hey名、本当にテメェの親父は…」

「…いや、ない、んじゃないかな?」


先に落とされた一抹の不安が少しずつ、いや急速にでかくなるのを感じる。いや、俺は政宗様をお守りしてみせる。政宗様の背をお守りするもこの小十郎の務め、必ずや守ってみせる!政宗様の背もケツも!


「…他につまんねぇ話聞いてねぇだろうな」


若干表情を強張らせた政宗様が咳払いをして問う。名は指を唇に添えてうーん、と考える素振りを見せた。白い肌細い首さらさらと流れる濡れ羽色の髪に、柔らかな肢体色づく唇、見た目だけは非常にかわいらしいおんなの形をしているのだが、どうやら父親を間違えたらしい。


「織田の魔王と小姓の男の子も衆道の関係、とか」

「………」

「政宗様、想像してはなりません」

「甲斐の虎と真田幸村も衆道の関係、とか」

「………」

「…政宗様、決して想像してはなりません」

「あと、俺はどっちかと言えば伊達様より片倉様が好みだ、とか」

「………」


…………この女、今何を言った。「俺」は「伊達様」より「片倉様」が「好み」だと…。好み?
名の隣では政宗様が本日二度目、茶を盛大に噴き出した。


「…Hey.小十郎、大丈夫か」

「小十郎さま?心配しなくてもきもちいいらしいですよ?」

「頼むからお前は黙ってろ」


何故子は親を選べないんだ。政宗様然り、名もだ。もし俺が名の父親だったなら上等な教育を受けさせてどこへ出しても恥ずかしくない完璧な女に育て上げてやるのに。


「…小十郎、」

「政宗様、後生ですから想像しないでいただきたい」

「だからね、わたし、政宗さまにたくさんのことをしてあげられる小十郎さまが羨ましくて」


…よしよし、かわいいじゃねぇか。あんな父親の元でよくこうも素直に育ったもんだ。そんな想いを込めて名の頭を撫でる俺。帰りに採れたての野菜を持たせてやろう。
しかし政宗様が思案顔。


「政宗様、如何されましたか」

「いや、…名、お前も俺の為に何かしたいのか?」

「はいっ!」


………まさか。


「Okay.なら今晩俺の寝所に来い」


片思い歴苦節10年、ようやく報われる時が来たのか。来る日も来る日も名の一挙一動を逐一俺に報告してきたあの時分、剣技の稽古はしているのかと不安に思ったこともあったが、名の家柄なら伊達家と釣り合わないこともない。正室は難しいがどうにかなるだろ。
ここにきて俺は初めて名の父親に感謝しよう!


「……でもわたし、お尻はちょっと…」

「Honey…そこから離れてくんねぇか」


前言撤回、やはりこいつの父親は斬るべきかもしれない。

俺自身を守るためにも。





ドメスティック!





「名、政宗様はお前と一夜を共にしたいと言ってるんだ」

「え、い、いやです!」

「Why?!」

「だって、……一夜だけなんて、いや、です…」


…あの男、名の愛らしさに免じて5発殴るくらいで済ませてやろう。


空が青い、…世界には、不思議な嗜好を持つ男がいるもんだ。




by six.



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