厳めしい横顔の傷を眺めながら呟く。
「いいなぁ小十郎さまは」
「なんだいきなり」
「政宗さまに慕われてて」
「あのな、慕ってるのは俺の方だ」
「ほら、両想いじゃないですか」
「主従とはそういう物だろう」
「政宗さまなんて二言目には小十郎はどこだ、小十郎が言ってた、小十郎に怒られる、って…まるで夫婦じゃないですか」
「なんだ、羨ましいのか」
私のこんな軽口にだってニヤリと笑いながら返す小十郎さまの余裕が妬ましい。
幼少の頃から政宗さまが一心に信頼してきた彼なのだから、敵うはずないのは解っているけど。
「奥州双竜、か」
今では他國にまで知れているこの異名、二人の絆の深さを示しているようで羨ましい。
「奥州三竜、なんてならないですかね」
「さんりゅう、って響きが良くねぇな。大体お前は竜ってより、」
「Hey,小十郎、どこだ?」
「…旦那様が呼んでますよ、奥方」
「誰が奥方だ」
襖の外から聞こえたいつもの呼びかけに、さっと膝を上げる小十郎さま。
その後ろに私も付いてゆく。
「小十郎はここに」
「ああ居たか、ちょっと困った事になってな」
「如何されたんですか?政宗さま」
小十郎さまの背中から顔を出し問いかければ、主はやれやれ、というように私を見た。
「お前もいたのか、わんころ」
「…その呼び方はおよし下さい」
扱いの差にため息をつく。隣を見上げれば小十郎さまが笑いを堪えていた。…私は竜より犬ってか。
「だってお前、昔っから二言目には政宗さま政宗さまって、忠犬みてぇだからな」
さっきどこかで聞いたようなことをそのまま言い返され、頭をわしわしと撫でられる。今度は隣からくっと堪え損ねた笑い声が聞こえた。
「小十郎さま!」
キッと睨み上げれば彼は口元を手で覆い、ゴホンと咳ばらいをして表情を正す。
「申し訳ございません。政宗様、何をお困りですか」
憮然とした私を置いて私にはわからない難しいことを話し出す二人。私はやっぱりこの二人と並ぶことなど永遠にできないような気がして少し滅入った。
「何暗い顔してんだ」
政宗さまが自室へ去った後、今度は小十郎さまに頭を叩かれて顔を上げた。
「政宗さまは立派な人ですね。まだお若いのに國を背負われて」
「そうだな」
「二人のような信頼関係が羨ましいです。私も、もう少し早く生まれたかった」
「…名。さっき俺が笑ったのはな、言い返されたお前が可笑しかったってのもあるが、」
「他にもあるんですか」
「お前が小さい頃の政宗様にそっくりだと思ったからだ」
「…!」
確かに、政宗さまだって最初から小十郎さまと肩を並べてた訳じゃない。小十郎小十郎と後を付いて回っていた彼が、記憶にうっすら残っている。
同じことなのだ。きっと。
「数年後、知れ渡ってるのはお前と政宗様の噂かもしれないな」
少し遠い目をして笑った小十郎様に詰め寄る。
「右目、譲ってくれるんですか」
「馬鹿野郎、俺の目が黒いうちは有り得ねえよ」
「じゃあ、ほぼ一生無理じゃないですか!」
「ばァか、それだからお前はわんころなんだ」
「はぁ?」
「前田んとこ顔負けの、ってことだよ。早く犬から女に格上げしてもらえ」
奥州おしどり夫婦
(こいつを見守ってきたのは政宗様だけじゃないから、複雑ではあるがな、)
by seven.