「こんな幸福な夢なら何度でも見せてほしい」


耳元で低く鼓膜を揺らす、まるで美しい詩吟の一節のような言葉。

布団の中、私はただ無言で、手のひらを彼の頬を包むように撫でる。

汗でぴたりと額に張り付く夕陽色の髪の毛を拭ったら、彼はくすぐったそうに口許を弛め、そして泣きそうな色を瞳に宿した。


「…あぁ、なんて幸福な夢だろうね」


彼の大きな手のひらが私の背中をぎゅうを抱き締めて引き寄せて、私は鼻先に押し付けられた彼の素肌から彼自身の匂いを自分に刻み込む。

私を抱き締める力強い腕は弱々しく震えている。

私の髪を揺らす彼の吐息は熱い。生きてる温度。震える息と、じわりと温かくて一瞬で冷える液体の感覚。


「どうして」


何故、と彼は問う。声が震えて腕が手のひらが背中が震えて、私は彼の背中に腕を回して抱き締める。

母親が幼子にするように背を優しく叩く。頭にぴたりと寄り合おう彼の頬。直接響くのは彼が小さく鼻を啜る音。


「なんて、倖せな夢だろう」


一糸纏わぬ産まれたままの姿を晒し、白い海の浅瀬で泣き出してしまったこども。
聞こえるのは、聴こえるのは、穏やかな漣の音なんかじゃなくて。不規則な吐息と一定の鼓動と「どうして」と問う声。


「俺みたいな忍が、想い人と結ばれるなんて」


彼の手のひらが背中から首、後頭部へ辿る。私の姿かたちをその手に焼き付けるように。その手は私の髪を撫でながら、感情の行き場を求めていた。

この人は悲しい人だ。
この人は幸せな人だ。
この手は哀しい手だ。
この手は倖せな手だ。

"私はこの人を愛しているのです。"


「名ちゃんのことも、俺様が守るから」


彼はお仕えする武田さまと真田さまの為に死んでいく宿命を背負っている。その命はそれ以外に使って欲しくないのだと、例えば私がそう告げたなら彼はどんな表情で何を言うだろう。

ぼんやりとまどろんできた頭で予想してみる。

私が彼の荷物にしかならなくとも。
私が彼に愛しか与えられなくとも。

彼は怒るだろうか喜ぶだろうか泣くだろうか。


あぁ、朝がくるのに。





ふたりごと





目覚めれば同じ光景。一人で白い布団に横たわる自分。隣にはいつの間にか癖になってしまった人一人分の余剰。


「あぁ、なんて幸福な、なんて哀しい夢だろう」


焦点の定まらない視界の中、彼女が眠る棺だけが俺の感情を巻き込んで置き去りだ。




by six.



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