「なぁ、聞いてっか?」

「…うん、うっとおしいなぁって思いながらちゃんと聞いてたよ」

「あー、そう」


真夜中、いい感じにぬくぬくでいい感じに睡魔があたしを迎えに来て、いい感じにふわふわ旅に出ようとしていたところ、布団を勢いよく剥ぎ取られた人間の気持ちがわかりますか、あなたに。

あたしを文字通り叩き起こした無駄にガタイのいい男は、見るからに不機嫌そうな顔をするあたしに突然接吻について長々と講義を始めた。

いい加減にしてくれ。そんなに接吻したけりゃ子分に頼め。大好きなアニキの頼みならみんな寛大な気持ちで受け入れてくれるだろうよ。


「出てってくれる?あたし眠いの」

「一緒に寝よーぜ」

「丸腰の元親なら殺せる気がする」


船が揺れる音。波と一緒にギイギイいってる。いつの間にか慣れてしまっていつの間にか子守歌。
目の前の銀髪は困ったようにくしゃりと表情を崩して、でっかい手のひらで頭をガシガシ掻いた。
よせ、それ以上バカになったらどうすんだ。


「だからよォ、寝付けねーんだって」

「あたしを巻き込むな。あたしは眠いのおやすみなさい」

「ひでぇ!」


どっちにしろ剥ぎ取られた布団は目の前の男の腕の中。丸めて抱えた布団にぽふりと額を埋める図体だけはでかい男の肩を月明かりが照らしている。

バカらしい。


「アンタがここで寝るならあたしがアンタの部屋で寝る」

「一回だけでいいぜ」

「譲歩してるつもりか」


意味がわからない。突然人を叩き起こしたかと思えば接吻すりゃ寝れるかもだ?バカも休み休み言え。若しくは寝言は寝てから言え。


「…静かじゃねーか、今夜」

「そーですね」

「…だからなんつーか、落ち着かねぇっつーか」

「ウダウダ言ってないで早く寝てくれよ姫若子」


特に敵の動きもない真夜中。子分達もぐっすり寝ているらしい。普段バタバタと忙しい船内だけに、なんだかちょっと淋しい、と。つまりこの銀髪はそう言いたいわけだ。

……バカらしい。


「だからよ、名、俺の精神安定に協力してくれよ」

「接吻しながら唾吐いてやろうか」

「よっしゃ、全部飲んでやるよ」

「気持ち悪い!」


すっかり冷えた布団すっかり冷えた手すっかり冷えた足。腹が立つ。寝れないなら一人で甲板にでも佇んでろ。そしたら後ろから抱き締めてやるから。それを見つけたらな。


「わかった。今から甲板行ってくらぁ」

「あぁおやすみ。あたしは寝るから」

「オイ!話がちげーじゃねぇか!」

「偶然にもその場に居合わせたら実行してやる、あたしは寝るから無理だな」


あー寒い!寒すぎて眠気がどんどん遠ざかっていく。なんか悔しいからそんなこと言ってやらないけど。


「…じゃー何もしなくていいからよ」

「なによ」

「抱き締めさせろや」

「………」


あーなんてバカらしいんだろう。
静かで淋しくて寝付けなくて人恋しくてついつい足を向けた恋人の部屋で寝てる恋人叩き起こして、恋人にまで邪険にされて目尻ちょっと赤くして肩ちょっと震わせて片眉下げて泣きそうに笑って、ほんと、バカみたい。


「…始めっから、甘えたいって素直に言えば良いのに」

「…言えるわけねーだろが」

「言ってよ、チカちゃん」

「誰がチカちゃんだ」


布団をぎゅうと抱き込む銀髪が揺れる。人に頼られんのは好きなくせに人に甘えんのは苦手。なんでもかんでも背負いたくてなんでもかんでも守りたくてそれができなくて一人で泣いて。


「…アンタ、一人で泣くためにあたしを連れてきたわけ?」


伺うように布団の隙間から覗き見されてかち合った視線、元親の目は赤い。おばけがこわいとかよるがこわいとかいどがこわいとかいくさがこわいとか、何かそんなことを呪文みたいに言ってたあの頃と同じ目。

両手を広げてでかい身体を抱き締めたら、銀髪があたしの首筋にチクリと痛んだ。


「…あたしも大概バカだなぁ」


とりあえずあたしを抱き締める腕の力に、息を詰まらせてみる。苦しい。死ぬ。つーか死ね。






ねむらない唄






「名、一回でいい」

「……ん、」

「……、…」

「…ふ、ん…ぅ」


口が離れてニヤリと笑う変態。気が済んだらさっさと寝てくれないか。…どこ触ってやがるバカ。


「名の声ってな、子守歌みてぇ」


へらり、…もういいから、たぶん赤いあたしの顔を見つける前に、さっさと寝て欲しい。




by six.



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