叶わぬ恋慕だ、と某は確信していた。
そして同時に叶わなくて良い、とも思っていた。
その叶わぬ恋慕を抱いた女性が目の前で、涙を隠そうともせずに真っ青な空を見つめている。
透明のしずくが頬を伝って膝に落ちる様を横目に見れば、その横顔のなんと美しいことか、と思わず喉を鳴らした。
「…名殿」
「いいの、わかってたのよ。あの人は忍だもの」
佐助が去った背中をそこに見ているのか、一瞬も塀の上から視線を逸らさない彼女。
膝の上に重ねられた手の震えは治まり、彼女はただ表情を隠したまま涙を流すのみ。
彼女が佐助を見つめていることに気付いたのはいつだったか。
それに気付いたのは、彼女が佐助を見つめるのと同じように俺が彼女を見つめていたから。
恋慕など無用だと叫びたい衝動と背反して彼女を抱き締めて「恋うている」と告げたいという衝動が湧き上がる。
何度もそんな衝動を乗り越えた夜。
彼女はいつも静かに佐助の背を見つめていた。
そして先刻、彼女は「もう、このままじゃいられない」と意を決したように立ち上がったのだ。
主である俺の部下、それが佐助の役目である。
それ故、例え佐助が彼女を慕っていようとも、佐助は彼女の想いに応えない。
わかっていて、それでも彼女に「うまくいくよう、祈っている」と笑った俺は、なんと愚かな男なのであろうか。
「幸村様、ありがとう」
「そ、某は、礼を言われるようなことは何も」
「背中を押してくれた、だから、ありがとう」
涙を流しながら笑う彼女の視線が、佐助の背が消えた塀ではなく俺を捉える。
ドクリ、と心臓の端に火が灯る。
「…弱みに付け込むような真似、某はしたくないと思っていた」
「ゆきむら、さま?」
膝の上に伸びる彼女の腕を掴んで部屋の中へと押し倒す。
予想通り彼女は驚きに満ちた顔をして、俺を見つめる。
「しかし、おぬしもぶつかったのだ。某も、ぶつかってみよう」
その言葉に彼女は全てを理解したらしく、俺の右手で繋ぐ彼女の左手と反対の手で、自分の口を覆った。
「私、…幸村様をずっと傷つけていたのでしょうか」
「どんな話でも、おぬしが笑ってくれるなら良かったのだ。…それが例え佐助に関する相談であろうとも」
俺は卑怯な男だ。
男らしくありたいと常日頃から思っていたと言うのに、恋慕とはこうも人を変えてしまうものなのか。
「幸村様、」
頬に残る涙の痕と、新しく目尻から米神へ繋がる涙。
全身が、燃えてしまいそうだ。
「…これより某が働く無礼の数々、どうか許してもらえないだろうか」
まだ日の高い時分、俺は彼女の身体を完全に部屋の中へと押し込めて、そして障子をぴったりと締め切った。
「、待って、ゆき、」
皆まで聞きたくない、そんな想いを込めて彼女の唇を食らう。
差し入れた舌先で彼女の歯列をなぞれば、彼女の肩がびくりと跳ねた。
内頬はひたすらに柔く、彼女の右手が俺の肩を押す力が少しずつ弱まっていく。
「佐助のことなど、忘れさせてやりたい」
離れた唇でそう告げてやる。
彼女の口の端からは飲み込め切れなかったのであろう、どちらのものかもわからぬ唾液が頬を横に伝う。
左手で彼女の着物を乱す。帯を引っ張り、胸元をくつろげる。
僅かに恐怖と不安を滲ませた彼女の表情に少しだけ後ろめたく思う。しかしそれでも、もう止まらない。
現われた柔い胸元に唇を寄せる。彼女の喉がこくりと微かに音を立てる。
その中心で色づく突起に歯を掠めれば、「ん、」と押し殺した声が聞こえた。
抵抗のなくなった左手を開放して、彼女の大腿を撫でる。
空いた左手ではもう一方の胸を執拗に揉みしだきながら、その柔らかさにため息が零れる。
無意識にか意識的にか導かれるように彼女の茂みへと行き着いた右手。
人差し指で縦になぞれば、彼女の口から今度ははっきり聞こえるくらいの嬌声があがった。
「…感じるか」
「ん、あ、わかんな…」
ぬるりと指先を染めていく彼女の入り口。彼女を今乱しているのは他の誰でもなく、俺だ。そんな現実を痛感して、幾分落ち着きを取り戻す。
指を滑らせるたびに跳ねる彼女の肩。中指をゆっくりとそこに突き入れれば、彼女は瞼をぎゅっと落として俺の着流しを握り締めた。
くち、と音がする。そのまま内壁を擦るように中指を動かす。丁度その時親指が彼女の陰核に触れれば、彼女の白い首が目の前で微かに逸らされた。
「あ、やぁっ!そこ、だめ、」
「ここか」
親指でその場所を時折掠めながら、中指に続き人差し指を差し入れる。苦しそうに寄せられた眉根でさえも扇情的だ。
くちゅくちゅと音が先ほどよりもぬめりを帯びて、俺は彼女の両脚の間に移動してその白い脚を両腕で抱え込んだ。
「、ゆ、きむら、さま」
「某がおんなにしたいと願うのは、おぬしだけなのだ」
自らのいきり起つ雄を片手で支え、彼女の茂みへと擦り付ける。
びくりと震え、逃げようとする彼女の腰を掴んで、腰を進める。
ぐ、と押し込めれば意外と容易くそれは彼女の蜜壷へと誘われた。
そこで少しの障害を見付け、俺は不謹慎にも口許を綻ばせる。
「んぅ、ふ、」
「痛ければ、某の背に爪を立ててもかまわぬ」
彼女の白い首筋に唇を寄せて言ってやる。
彼女の震える手が俺の背中におずおずと回されるのを確認し、俺は躊躇いなく一気に腰を進めた。
「うう、あ!いた、い…ん!」
「耐えて、下され…!」
まとわりつく柔い内壁とその熱に、今にも気を遣ってしまいそうだ。
彼女の細腰が小刻みに震えて破瓜の痛みを逃がそうとしている。
背に爪を立てていい、と告げたにも関わらず彼女の手のひらは俺の背を引き寄せるばかり。
このままではいられない、そう思うと同時に自分本位な律動を開始する。
くちゅ、っちゅっちゅ、規則的な音が響く。同時に彼女の引き攣れたような声があがる。
それが悲鳴なのか嬌声なのか、俺には判断できない。
ぼやける視界の中では、彼女が涙を流しながら俺の背を繋ぎとめていた。
「ん、いた、っんぅ、あ」
「…っく、うあ!」
ドクンと爆ぜた雄に脱力する彼女の身体。背中からするりと落ちた彼女の腕が、畳の上に音を立てる。
ゆるゆると雄を出し入れしながら最後の一滴までもを彼女の胎内へ注ぎ込む俺は、どれだけ卑怯な男に映っているだろう。
「…う、あ、ゆき、む、らさま」
「…何故、背に爪を立てなかった」
ゆっくりと引き抜いた雄を懐紙で清める。彼女の茂みから零れる白い液体と、赤い液体。それらが混ざり合って桃色になるのを見つめながら、彼女らしい、と漠然と思った。
「だって、ゆきむらさま、は、武士だもの」
彼女を抱いたのは俺だと、
彼女を女にしたのは俺だと。
どうしようもなく恋焦がれた彼女が放った一言で認められた俺の感情。
後悔なぞ、するものか。
「名殿、某は、おぬしを恋うておる。自分を見失ってしまうほどに、」
新しい懐紙で彼女のそこをなるべく優しく拭ってやれば、彼女はまた初めと同じように泣きながら、笑った。
愛を撒く、巻く、幕
「少し、眠るといい」
我ながら雑だと思われる布団に彼女を横たえれば、彼女は閉められた障子をぼんやりと見つめながら「いたい」と小さく呟いて応えた。
見ているのは佐助の背か、それとも佐助に恋う自らの背中か。
疲労を滲ませた彼女の額に唇を寄せて口を開く。
彼女は俺の口に手を当てて、涙を零した。
「あやまらないで」
あぁ、なんと美しい、なみだ。
by six