「来週の月曜日、我の部屋へ泊まりに来い」


放課後の教室、明日の宿題を終わらせてしまおうとプリントに向き合っていた夕方5時。
委員会から戻ってきたらしい毛利元就、…わたしの彼氏、は一度ぐるりと教室を見渡してからそんなことを言った。


「ん?いいけど、何かあるの?」

「貴様はセックスをするのに理由が必要か」


…必要、だと思うな。止まった思考でそんなどうでもいいことをぼんやり思いながら、もう一度言われた言葉を整理してみる。
貴様、はいつも言われてる。で、セックス、…セックス?


「えーと、一応聞いてもいいかな。なんで?」

「貴様は我が相手では不満とでも言うか」

「いや、そうじゃなくて」


もごもごと言いよどんでしまうわたしの手からは、カラリとシャーペンが机に転がる。
そのままどうしようもなくて視線を元就くんから机に泳がせたら、宿題のプリントは残り1問。
どうしても解けなかったんだよなぁ、この問題。

再びどうでもいいことに現実逃避しようとするわたしに、元就くんはいつもと変わらない冷めた目をしている。
…なんでこの人、わたしと付き合ってるんだろう。そしてなんでわたしはこの人と付き合ってるんだろう。


「では何が不満なのだ」

「不満、というか。わたしは理由とかムードとか、欲しいなぁ」

「我が貴様を掻き抱きたいと思った。それでは理由にならぬか」


……えぇ?

仮にそんな乱暴な理由を認めたとして、ムードは皆無なんじゃないかなぁ。
お付き合いを開始してから早二月。手も繋いだし(あたしが一方的にだけど)、キスもしたし(いつも元就くんからいきなり)、残るはその、セックス、だってわかってるけど。
…わたし、一応初体験にはいろいろ夢を持ってたんだけどな…。


「…いきなり、掻き抱きたい、っていうのはちょっと激しすぎると思います…」

「事実だ。我は貴様を抱いて、その柔肌を暴きたい」


うっひゃあ。

こっちが赤面するようなことを至極真面目な顔で言うものだから、わたしが恥ずかしいことを考えているような錯覚に陥ってしまう。
元就くんの上履きがわたしの席へ向かってくるのを視界の端に捉える。
元就くんの上履きはいつもきれいだ。制服もちゃんと着て、どこからどう見ても模範生徒。品行方正で完璧な(人格には問題があるけど)わたしの彼氏。
…だったはずなんだけどな!


「え、なんで、来週?」

「我は時間を余分に使いたくない。用意するものもある」

「用意、」

「部屋の掃除は必要ないが、まずはシーツと枕カバーを洗う。そして避妊具を購入する。あとは清潔なタオルを何枚か用意しておこう、処女だろうからな」

「………」


わたしはどう反応すればいいのだろうか。元就くんは変わらず真面目な顔をしているから、突っ込んで聞くのも憚られるような気がする。


「それに、貴様も用意することがあるだろう」

「用意、」

「全身の手入れや、新しい下着の購入、できれば月経の周期を教えてもらえると助かる」


…どうしよう、この人本気かもしれない。
でも、初体験に向けて全身の手入れをすること、新しい下着を買うこと、なんて変な方向の知識を彼はどうやって身につけたのだろうか。
っていうか月経の周期って。


「えぇ、げ、月経、て」

「当然だ。避妊具は100%ではない。故になるべく安全な日にとは考えている」


付け足すように「もし来週の月曜が危険ならば、少しくらい延期してもかまわぬ」とはっきり告げる形のいい唇。気にするところはそこじゃないと思う。いや、大事かもしれないけど、もっとそれ以前に気にして欲しいところがあります。


「…ムード、は?」

「貴様は我が雰囲気に飲まれる様な人間だと思うのか」

「…元就くんは違うかもだけど、わたしは夢を、持ってたんだけど、なぁ」


はじめては痛い、ってよく聞く。それでも友達は幸せそうな顔をしてるから、なんでかなって思ってた。
すごく遠まわしに聞いてみたら、みんな同じことを言った。「彼がリラックスできる雰囲気を作ってくれたの」、「安心させてくれるっていうか」、「痛かったけど優しくされてるの、わかったもん」。

元就くんは果たして優しいだろうか。

そこまで考えて背筋に悪寒が走った。
ない。絶対ない。元就くんのことだ、きっと適当に適度に濡らして突っ込むんだ!

………そんなのイヤだ!


「初体験に何を期待することがある。慣れるまで痛むのは耐えるしかあるまい」


…デスヨネー。

わかってた、こういう人だってわかってた。でもわたしはこの人なりに大切にされてたと思う。
確かに告白された時も「我と付き合え」なんて自分勝手極まりないことを言い放って、そしていきなりキスされたけど。

一緒に過ごす時間が長くなる中で気付いた彼の微妙な表情の変化。それにもやっと慣れて反応できるようになってきたのに。


「…わたしばっかり痛いの。元就くんにはそんな風に言って欲しくなかった」


シャーペンを乱暴に取り上げてペンケースに放り込む。プリントを折りたたんでクリアファイルに突っ込む。
広げていた教科書と一緒にバッグに突っ込んで、立ち上がる。

なんでわたしはこの人と付き合ったんだろう。


「…貴様が辛そうな表情をすれば、我も痛むに決まっているであろう」


バッグを肩に掛けたところで元就くんが口にしたのは意外すぎる台詞。
目線だけで彼を見上げれば、元就くんはわたしから目を逸らして眉間に皺を寄せていた。

…これは、照れてるときのかお、だ。


「…元就くん」

「…なんだ」

「貴様、じゃなくて、ちゃんと名前で呼んで」


なんで私はこの人と付き合ったんだろう、なんて。
そんなの答えは決まってる。
わたしが元就くんを好きで、元就くんがわたしを好きになってくれたから、だ。


「…名、来週の月曜、我の部屋に泊まってくれないか」


誘い方に不満は残るけど、大丈夫、かなぁ。
どうやらわたしは思ってるより愛されてるみたい。





月曜日からの襲撃





「…優しくしてくれる?」

「無論だ」

「大切にしてくれる?」

「…しているつもりだ」


おずおずと差し出した手に、仏頂面の元就くんが自分からわたしの手を握ってくれた。


「こんな想いを抱くのは、きさ…名だけだ」


…言い直してくれなかったらこの手を振り払っていたかもしれない。



by six.



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