静か過ぎる、と心の端でぼんやり思いながら、小さな部屋へと身体を滑り込ませる。
「話があるの」と微笑んで言った、自分より2つ年下の同郷の姿を思い浮かべる。
武田に行くことが決まった俺と、ほとんど間もなく決まった彼女の行き先。
二人とも行き先が決まるには年が若すぎる。そう憎憎しげに呟く先輩に対して「俺様優秀だし?」と笑う俺と、その隣で「違いないわねぇ」となんでもない顔をして言った彼女。
彼女の行き先は知らないし、たぶん知る必要もない。例えば彼女も武田へ行くことが決まっているのなら、そう告げられていてもおかしくないからだ。
何度も入ったことのある彼女の部屋には、すっかり荷物が少なくなっていた。
「…や、準備進んでる?」
「そうね、もう大分。佐助は?」
「俺、持ってく荷物少ないし」
普段と変わらない会話。この夜が最後になる、とそんな予感がする。
「佐助、武田に決まったんでしょ?」
「そ。うまくやれっか心配だけどね」
「心配なんてしてないくせに」
彼女の背後に広げられた布団を月明かりが照らす。
「…で、話ってなに?どこ行くか教えてくれんの?」
「まさか」
「だよねぇ」
「お願いがあるの」
「ん、なに?」
彼女は普段と同じように落ち着き払って、その微笑みはおよそ年齢に似つかわしくない。
きっとそれが気に入られたのだろう。女としても忍びとしても一級品、と。
「抱いてほしい」
「…は?」
「あたしが女だった事実を、佐助で感じたい」
くの一は主に諜報に重宝される。叩き込まれたはずの房術。褥での息遣いから、視線の運び方、女と男に教えられるそれは全くの別物だった。
「次、会うときは敵なんでしょ?」
「だからこそ、あたしは佐助が欲しい」
静かな、静かな夜だった。
細い帯を解いて、着物の袷を両側に開く。現われた彼女の白い胸が月明かりに照らされて、揺れる。
寄せた唇から差し出した舌先でその頂を包めば、彼女の腰が小さく跳ねた。
「…っ、」
「声、出していーよ。…どうせ人払いしてんだろうし」
「あ、だって、邪魔されたくなかっ」
柔らかい質感を楽しむように手のひらで包み込む。
この身体は俺のものじゃない。ここを出れば彼女は何度も何度も、好きでもない男に抱かれて気を遣るフリをするんだろう。
それが何故だか、たまらなく切ない。
胸から腹へと辿る唇に彼女の腕が俺の空いた手を握る。柔らかい身体。大きく息を吐いた彼女に合わせるように下半身に伸ばした指は、すぐに目的の場所へたどり着いた。
「…胸だけでこんなにしちゃ、ダメじゃない?」
「ん、う、佐助だけ、だもん」
くちくちと業とらしい音を立てながら彼女の中へと指を進める。そこはひたすらに熱くて、融けそうだ。本来は愛を確かめ合う行為らしい。けれど俺たちにとってのこの行為は、あくまでも手段だ。
俺より年下の彼女はいつ、割り切ることができたんだろう。どれだけの痛みを以って、どれだけの苦しみや悲しみを飲み込んだんだろう。
「佐助、さすけ、」
「うん」
「ごめんね、ありがとう、」
切ない気持ちとは裏腹にそそり立つ自身を片手で支えて、早急とは思いながらも彼女の濡れそぼったそこに先端を押し付ける。
彼女の眉間に寄せられた皺と、閉じられた瞼に映る月明かり。
「名、目、開けて」
「は、」
「俺を見てて」
うすく開いた目。視線を合わせて、彼女の唇に自分の唇を重ねる。
こんなに切ない行為なのに、どうして彼女は、俺は、二人は、こんなに満たされた気持ちになってしまうのか。
ぐ、と進みいれてぴったりとくっついた下半身を更に擦るように体勢を変える。
「ん、あ、」
「っ、あー、離したく、ねぇ」
それきり、俺は彼女を蹂躙することだけを考えて。本能と呼ぶには些か悲しい。
ぐちゅぐちゅと響く音に耳が犯される。
彼女のすがり付くような手のひらがこんなに愛しい。
叶うならこれまでに彼女を抱いた男の喉を切り裂いてやりたい。
叶うならこれから彼女を抱くだろう男の下半身を切り落としてやりたい。
こんな暴力的な気持ちは、ここにきてから味わったことがない。
俺が動くたびにあがる悲鳴のような嬌声。吐息混じりの声は声にならない。
「あ、ぁ、っん」
「…っはぁ、」
どくり、弾けた視界の中で、彼女は何も言わなかった。中に出して、とも出さないで、とも。
俺も何も言わなかった。中に出したい、とも、愛してる、とも。
最後まで注ぎ込んだ俺の肩口に口付けた彼女は、俺より年下なんて信じられないほど女の顔をしていた。
「いっそ、逃げてしまおうか」
そんな台詞言える筈がない。彼女も恐らく望んでいない。そんなことわかっているのに、俺は彼女の中に埋め込まれたままの、既に熱を失ったそれを抜く気にはならなかった。
「佐助、…ごめんね」
「、ごめん」
泣いたのは、ほぼ同時だった。
望むように生きられないことがこんなにも切ないことだったと、俺は初めて知ったんだ。
「さすけ?」
「ごめん、…だから、今日は朝までこうしてよう、ね?」
きっと、これが最後。
by six.