「アニキ、首尾はどうでございますか」
ハキハキと気持ちの良い声を響かせて部屋に入ってきた人物は、他の野郎共同様に煤けた上っ張りに小汚い脚半、なんて格好をしているが、一応女だ。
素材は良いんだから、しとやかな町娘のような格好をすればさぞ綺麗だろうに。いつもそう思っている。
「お前ぇもそろそろ、もうちょっと色気づいたらどうだよ」
「何言ってんですか。私は女としてアニキの側にいたい訳じゃないんですよ。それに遠掛けにも楽だし」
女として居てくれてもいいんだけどな、とか思いつつ何気ない疑問を口にする。
「そういえば最近、よく船空けるけどどこ行ってんだ?」
「ああ、ちょっと偵察に」
「偵察?」
「はい、アニキのお友達の所へ」
「…お友達?誰だそりゃ」
「いやだなぁ、海を挟んで向かいのお友達ですよ。相変わらずですね、あの人」
「ゲッホ…!!ゴホゲホ」
「お茶お持ちしましょうか」
さらりと出たとんでもない言葉に盛大に噎せながら、さっと腰を上げた名の見た目より華奢な腕を掴んで引き留める。
「…ばっ!お友達ってお前ぇ、敵地に一人でのこのこ赴いたってのかよ!」
「ええ。だっていつもお茶とか出してくれますよ。行くと」
「お茶ってな…!てか、いつもって、」
どういうことだ。さっぱり意味が解らねぇ。
取り乱す俺と対照的に、名は顔色一つ変えずに続ける。
「まぁお友達ってのは冗談ですけど。だってアニキ最近、東の状勢について書状でやりとりしてますでしょう。毛利様と」
「してるけどよ。…まさか」
「はい、私が献上して、授かってくるんですよ。いつも」
「な、なんで使節役でもないお前ぇがわざわざ…」
「だって毛利様ああゆう御人でしょう。書状一枚受けとって貰うのだって、一苦労なんですから」
「…そうなのか?」
「はい。最初に行った人は“野蛮な木偶の坊ののたまう痴れ言に傾ける耳など持ち合わせてないわ”と追い返され、」
「……」
「二番目に行った人は“対岸にあのような下品な男が存在すると思うだけで虫酸が走るというのに”と追い返され、」
「…お前よくそれ本人の前で言えるな」
「仕方なく三度目は私が行ったんです。皆には止められたんですけどね」
そりゃそうだ。この軍の奴らは皆、俺がこいつを気に入ってることを知ってるからな。
「そしたらすんなり通してくれました」
「なんでだよ!?」
「さぁ。柄にもなくおめかしして行ったのが良かったんですかね」
「おめかし…」
その響きに膝の力が抜ける。
俺でさえこいつの小綺麗な姿など一度たりとも見たことないというのに。いつの間にそんなことに。
「でもあの人、意外に良い人なんですよ。私すっかり打ち解けてしまいました」
ふざけんな。打ち解けた毛利というのはいまいち想像できないが、あんな自分とは掛け離れた見目をした奴だって、男だ。
名に目を付けてるようなら、こりゃ交渉どころじゃねぇな。
いや、国情と私情をごっちゃにしてどうする。いや、でも。
「ところで、今回の物にはもう目を通しましたか?」
「今読んでたとこだ」
「なんと?」
「ちょっと待てよ、…ふむふむ。なんだ、結局良い返事じゃねぇか。"そちらの意は汲む。合意なれば即刻返事を寄越せ"とさ」
「ああよかったじゃないですかアニキ。私も何度も骨を折ったかいがありましたよ」
「…まさか」
回りくどく渋ってたのは、こいつを城に寄越させるため?
いやいや、あの合理主義の塊がそんなアホなことするわけ…
「あれアニキ、裏に何か小さく書いてありますよ」
「あん?」
言われて書状を裏返せば、確かに小さな文字で一文添えられている。顔を近付け目をこらす。
「じゃあ早速合意ということで、私先方に出向いて来ますね」
「…………」
合意?
馬鹿言うな。そんな訳があるか。
「待て」
「え?」
「行くな。お前ぇは絶対行くな。別の、いやむしろ…俺が行かなきゃ気が済まねぇ!」
「はぁ!?」
“但し、
遣いの女は戻らぬと思え”
いかにもあの男らしい神経質そうな達筆で綴られた挑発。
女を賭けた戦いも悪くはねぇ。
by seven.