「泣かないの?」
沢山の墓標が並ぶその場所は俺の気に入りの場所だった。切り立ったその場所からは限りなく広がって続いていく海が見下ろせる。水平線に沈む夕陽も、潮風も潮騒も。だから俺はせめてこいつらにそんな風景に寄り添って欲しいと願った。
「…泣かねぇよ。俺を誰だと思ってんだ」
「元親」
「わかってんなら、」
「私の知ってる元親は、子分の死に涙するような優しい男よ」
波の音が大きくなる。荒れてやがる、そうぼんやりと思う。墓標を見つめる俺の後ろ、名は海を見てんのか墓標を見てんのか、海に溶けていく夕陽を見てんのか俺の背を見てんのか。
「…悪かったな、優しくなくてよ」
「鬼は涙も忘れるの?随分薄情ね」
ギリギリと心臓が痛む。全ては俺の不甲斐なさに起因する。名は戦の最中何度も俺の名を呼び、何度も俺の背を守った。その度にしっかりしろと叱咤された。
「しっかりしろっつったのは名だろーが」
「しっかりする所を誤らないで。非情な男に仕えたいなら私はさっさと毛利についてる」
墓標に誓うのは勝利の二文字。天下に興味なんざねぇ。でもそんな俺についてきてくれてそして散っていった人間がいる。例えこの墓標の下に骨や品がなくとも、ここに眠っているのだと俺が信じていればいい。
「…泣いたって、こいつらは戻ってこねぇ」
「そうね。それを言ったら墓標すら無意味になってしまうよ」
的確に痛いとこ突いてきやがる。痛みをため息に込めて墓標に背を向けた俺の目に飛び込んできたのは、頬を涙で濡らす名だった。
「…な、んでアンタが泣いてんだよ」
「元親が泣かないから」
抗議の眼差しを俺に真っ直ぐ向けたままポロポロと涙を零す名。その声は震えていない。戦場で聞くのと同じ、さっきまで聞いていたのと同じ、いつもと変わらねぇ凛とした声。
「…泣いたって、あいつらは帰ってこねぇんだ」
「知ってる。海に還ったんでしょう」
「海に?」
「海は万物の母らしいから」
どこの書物で読んだのか、不思議な理屈をもらす名。頬を伝い地に落ちるのは大粒の涙。
「…じゃあ、また産まれるかもな」
「きっともう産まれてる」
「は、どこにだ」
「元親の中に、後悔と覚悟になって」
名は静かに瞼を落とし、右手の甲で乱暴に涙を拭った。再び開かれた双眸はまた変わらない気高さを滲ませている。
「名は、強いな」
「元親が弱いから、私が強くなるしかないの」
「俺が、弱い?」
「命を背負うっていうのは、簡単なことじゃないでしょう?」
名はそれきり踵を返して俺に背を向け、そして歩き始めた。城へと帰るんだろう。馬に跨って俺を見下ろす視線には、俺に無いものが広がっている。背後では燃えるような色をした太陽が海にゆっくり飲み込まれていく。
「策を練りましょう。元親はあいつらの"アニキ"として涙の一粒でも流してから戻ってきなさい」
遠ざかる蹄の音。真っ直ぐに伸ばされた細く薄い背中を染める夕陽の橙。一度ぎゅっと目を閉じて、例えば彼女がここへ来なかったら、と考えた。
「それこそ、泣けねぇよなぁ」
凧に紐が必要なように、馬に手綱が必要なように、彼女はただそこにあるだけで俺の脆さも弱さも支える。
「海に還って、俺の中に生まれ変わる、」
もう一度振り向いた墓標に、落ちる夕陽が重なる。彼女が消えた方角へ真っ直ぐに伸びる俺と墓標の影がいつか一つに交わればいい。
頬を伝う涙に一言、誰にともなく呟いた。
「…ありがとな」
GRATEFUL / tender
「…いい顔になって戻ってきたじゃない」
「悪ぃかよ」
「…いや、それでこそ私の知ってる元親ね」
柔らかく微笑む名の頬に手を掛けてその唇に口付ける。
必要なのは、全てを守る覚悟だ。
離れた唇を舐めれば、彼女が困ったように笑った。
by six.