「Shit!」


部屋に響いた無駄に良い声をぼんやり流しながら、それでもあたしは一言「嫌です」と答えた。
その返答を聞く前からイライラしていた我が主。
気付いているのかいないのか、余裕そうに吊り上げた口角の奥で歯がギリリと悔しそうに噛み締められている。
それに気付かないフリをしながら目を逸らしたら、主である伊達様はもう一度言った。


「脱げ」

「ここから会話を聞いた方には誤解されそうですね」

「Shut up!」

「Be quiet.」


流暢な南蛮語に同じくなるべく流暢な南蛮後で返す。
ぐう、と押し黙る伊達様。あぁ、こんな時に片倉様がいらしてくださればいいものを。そんなに畑が大切ですか。あたしより大切ですか。


「……Okay.」


ふー…。長い息遣い。目の前で観念したような呆れたような、複雑そうな表情で頭の後ろを乱暴に掻く伊達様。
…器用な表情筋だな。
まるで子供のような主を見ながら考える。
主はわかっていらっしゃるのだろうか。オーケイ、つまりわかった、ということだけど、これは…本当にわかってもらえたのか…?


「質問を変えてやるよ」

「はぁ」

「傷は痛むか」

「それは質問じゃないと思います。」


やっぱりわかってなかったか。


「Ah?」


とかく正座と言うものはどうしてこう身体の端々が痛むのだろうか。足は痺れるし背中は痛いし良い事はない。武士道?目の前の主は随分楽そうな座り方してらっしゃるけどね。そもそもあたし武士じゃないしね!


「…わかりました」

「…で?」

「今朝方の任務に於いて、うっかり避け損ないました」

「……チッ」


小さな舌打ちが部屋に響く。何をしてるんだ片倉様は。普段はいらん時にいるくせにこんなときばかり畑にかかりきりかよ。


「…深くもないですし」

「痛まねぇんだな?」

「はぁ、まぁそうですね」

「Okay.なら今から鍛錬に付き合えよ。試合おうぜ」


………この男今すぐぶん殴ってやろうか。無意識に伸ばした手が刀に触れて、主はニヤリと性質の悪い笑みを浮かべてこちらを見下す。……本気でぶった斬ってやろうか。
いかん。仮にもこの方はあたしの主だ。
手を引っ込めてもう一度姿勢を正す。あたしとしたことがうっかり空気に飲み込まれるところだった。
普段ならこんな時は片倉様が空気を読んで計らって下さるというのに、あの方は今頃大事な野菜の為に天候を読んでいるんですね。…誰がうまいこと言えと!


「…はぁ、すみませんが任務が滞っておりますので」

「Ha!…逃げる気か?」

「いえ、これから武田・上杉への様子見と牽制、野党の始末が。そういえば城下では追い剥ぎ騒動が目に余るそうですね、そちらも見て参りましょう」

「…多いな」

「ちなみに全て伊達様のご命令ですね」

「………」


武田とどちらが忍使いが荒いか、いつか猿飛の追撃に応戦しながらついでに軽口の応酬もした気がする。
……いや、あたしは結構な給料もらってるからね。違うからね。一緒にしないでよね。
心中で猿飛に抗議して、忍らしく座りなおす。


「用件が以上ならば名はこれにて」

「……仕事は明日にしろ。追い剥ぎ騒動については他をやる」

「……はぁ?」

「命令だ。奥州筆頭として」

「はぁ、わかりました」

「俺は、………テメェが、」

「…はぁ」

「……………どこぞで醜態を晒した、なんつー報せは聞きたくねぇからな」

「…はぁ、至らぬ忍で申し訳ありません」


…あれ、なんだこの空気は。さっきまでと違いすぎないか。
もっとこう、ピンと張り詰めた空気だった気がするんだけど気のせいかな。おかしいな。
なんで伊達様は、頬を赤らめている。


「…わかってるか?」

「…お腹の具合でも悪いんですか?」

「……もういい。とりあえず治療受けろ」

「はぁ、わかりました」


もういい、という主の手のひらに従って天井裏へ戻る。
やっぱり暗い場所は居心地がいい。
さて、追い剥ぎ騒動には誰をやろうか。





色恋騒動





「政宗様、正直言って今のは貴方が悪い」

「小十郎、それ以上言うな」

「何故素直に心配だと言えないのですか」

「言うな…」

「…泣かないで下さい」




by six.



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