なんだか不完全燃焼のまま、早朝の森を普段よりもゆっくり城に戻る。
途中何度も飛び移る木の枝から落ちそうになったのはご愛嬌。
頭の中には別れ際に彼女に言われた台詞がぐるぐると回り続ける。情けない。
曰く『男にも房術の教育が必要かしら。』なんて。あーぁ、女の子の台詞とは思えない!
そりゃ確かに仕事だったけどさ、そもそも仕事を完了させたとしてもどっちみち殺しとくほうが後々安心だし。
でも殺さないで済まそうと思ってたのはそれこそ忍びとして情けない心内あってこそだし?
あーもう!
「タダイマモドリマシタ」
「うむ!…今日は団子の土産はないのか?」
「もう行き付けのお団子屋さんに用がなくなったのよ」
…?!
ひたすらにいろいろ疲れて俯いたまま旦那に挨拶したのが悪かったのかもしれない。
今聞こえちゃいけない声が聞こえたような。
「名殿は何か理由を知っておるのか?」
「真田さんは知らなくていいのよ」
確かに俺はのんびり帰ってきた。でもさ、君ちょっと早くない?早すぎない?俺様心の準備とかできてないんだけど。
俺が部屋出るときまだ何も着てなかったじゃん。髪もぐしゃぐしゃで化粧もしてなかったじゃん。
それが何で、こんな所で品のいい着物着ちゃって、薄く化粧しちゃって、髪さらさらで笑ってんの。
「佐助、戻ったか」
「…大将!」
「御機嫌よう、甲斐の虎」
「うむ、久方ぶりじゃな」
ええぇ…本当に知り合いなわけ?ってここに来ちゃうなら俺に伝言頼む必要なかったんじゃない?
視線だけで彼女にそう言ってやれば彼女はことりと首を傾げてみせた。今更「わかんない」とか通じないからね!
「あぁ、もう知っておるとは思うが、佐助、この人は儂直属の諜報で名を名と言う」
「はぁ、」
「なんじゃ、散々楽しんだくせに素っ気無いものよ」
「大将!」
縁側には、大将が来たというのにきょとんとしている旦那、その隣でニコニコと機嫌の良さそうな名ちゃん、二人の後ろで仁王立ちの大将。
…何この光景。
「真田さん、お土産」
「なんでござろうか?」
「あけてみて」
無駄に大きい風呂敷包みを旦那に手渡す名ちゃん。相変わらずニコニコ。俺様頭痛くなってきた。
恭しく包みを受け取って中を開いた旦那の顔に歓喜が浮かぶ。あー、もしかして、
「名殿!こ、これは某がいただいてもよろしいのか!」
「そうよ、いっぱいお食べ」
「かたじけない!」
…ほんとに嬉しそうだな、旦那。
「時に、甲斐の虎」
「なんじゃ」
「一杯やりたくない?」
「ふむ、久方ぶりに逢うたのだからな」
……仲いいんですね。声には出さなかったけど、団子をもくもくと食べながら俺を見る旦那の目が訝しげな空気を孕んでいることに気づいて取り繕う。
「…旦那、あんま食べてると甘味禁止令出すよ」
途端その場に響いたのは、他でもない彼女の噴出した笑いだった。
「ぶふっ」と女の子にあるまじき笑いは、どう考えても堪えきれずに出てしまったもの。
「…何さ」
「佐助さん、本当にお母さんしてるのね」
「…言わないで」
……おかしいな。名ちゃんてこんな子だった?全然そんなん気配みせなかったのに。
俺様の知ってる名ちゃんは、いつもニコニコしてて、俺の些細な愚痴も優しく聞いてくれて、たまに俺の頭撫でてくれて、団子を増量してくれて、俺が怪我して行ったときには目に涙なんか溜めて「怪我、しないでくださいよぅ」とか言ってくれて。
「疲れてるときには甘いものよ」
ニコニコしたまま団子を一串俺に差し出す名ちゃん。…あれ、この笑顔は懐かしいな。
「今宵は共に宴をしようぞ」
「さんせーい」
大将の提案に両手をあげて喜ぶ彼女。その隣でお預けをくらった犬のように団子を見つめる旦那。
………ほんと、仲いいですね、お二人さん。
by six.