滞りなく終わった情事、背後では文字通り骨抜きにされちゃった白い背中が既にまどろんでいる。
声を掛けても返事がないことを確認。よし、狸寝入りってことはなさそうだな。
そんなことを他人事のようにぼんやりと思いながら、小さな彼女の部屋でぐしゃぐしゃに脱がした彼女の着物を手繰り寄せる。
本来必要ないはずの帯の隙間。表地と裏地の間に、縫うのを忘れました、なんて間違っても言えないほど丁寧に空けられた隙間。
そこに無遠慮に指先を突っ込めば出てきたのは淡い青の懐紙。
丁寧に丁寧に小さく折られ畳まれたそれをつまみあげた俺は、規則的に上下する彼女の背中を見つめながら立ち上がった。
「…任務完了ってか」
滞りなく終了した仕事。ただの団子屋のお嬢さんは何もわからずに、敵軍同士の情報交換に利用されたらしい。
果たしてそれに対して見返りを求めたのだろうか、なんてどうでもいいことを思う。
仕事とは言え一応何度か欲を吐き出した身体は思いのほか重い。
「さて、そろそろ帰るかな」なんて頭に浮かんだ旦那の顔に、こういうやり方で仕事を終わらせたことは絶対言えないなー、と心の中で笑いながら彼女の部屋の襖に手を掛けた。
「…中、確認しなくていいの?」
その時、俺は隠し持ったクナイを構えることも忘れて、動揺に肩を震わせた。忍にあるまじき行動だ。
「…起きてたんだ」
「佐助さん、最中ずーっと冷静な目をしてたから」
「何それ、感じてるフリしてたわけ?」
「ねぇ、中確認しなくていいの?」
指先に挟んだままのその塊。そう、塊だ。重要な情報源となるはずだった紙。俺としたことがすぐに内容を確認しないなんて。
無意識に唇を噛んだら、俺に背を向けているはずの彼女は「傷になるわよ」と言い放った。
「…まいったな、同業者か」
「そう思う?」
「違うの?」
「当たらずと言えども遠からず」
「ハハッ、何それ」
念のため懐紙を開いてみる。それは言う通り、というより言外に告げられたとおり白紙だった。
もそり、動いた彼女の背中を、俺が掛けてやった布団が滑り落ちる。
蝋燭の明かりだけが風もないのに揺れる室内。
「もう少しで騙されるとこだったわ」
「俺に?」
「でも、あなた最中一度もあたしに好きって言わないんだもの」
「……」
「忍だからなんて、そんなこと許さないのよ」
ぼんやりと浮き上がる彼女の上半身。彼女は指差してぐしゃぐしゃの着物を取るように目だけで告げる。
「ま、どっちにしろ知られちゃったからには名ちゃんのこと殺さなきゃ。」
「だって俺様優秀だし?」とおどけて付け足した俺にも、彼女の表情は変わらない。
それどころか楽しそうに歪む口許が不快だ。
「彼らはお互いに殺しあって終わりよ」
「…は?」
「バカよね。あたしが伝言を差し替えてることにも気づかない」
「……命乞いでもするつもり?」
「どうかしら。」
両手で用のない懐紙を破る。紙片がヒラヒラと畳みに落ちるのを、彼女は「散らかさないでよ」と頬をふくらませる。
「ねぇ、…どっちが演技?」
「そうね、佐助さんがあたしを疑ってる間は、きっと全部演技なんじゃない?」
俺としたことがとんだヘマをやらかしたもんだ。
仲良くなる為に通った団子屋。ついでに旦那への土産も手に入るしで、時間はかかるが確実で容易な仕事のはずだった。
とりあえずはあの団子を食べた旦那に異変はない。今のところは。
最初に食べてから二月が経過していることを考えれば、そこまで遅効性の毒もないだろう。
「さすがね。一瞬で毒物の可能性を払拭するまでに至る」
「…名ちゃん、」
「ふふ、甲斐の虎に伝えておいて。」
「…内容にもよるかな」
「"任務は滞りなく完了。褒美もありがたく頂戴いたしました。"と」
「…は?」
台詞の意味なんて深く考えなくともわかる。
「やっぱり、同業者なんじゃない」
「否定はしてないわ。肯定もしてないけど」
「否定してない時点で肯定と同じなんだよ」
あーぁ、俺様って間抜けな忍だなぁ。
長く吐いたため息が全てを理解して物語る。
「驚いた?」
「…というより、気が抜けた」
「でしょうね」
短い髪をかき上げる彼女の首筋に影を落とす燭台の灯り。
悪戯に笑う彼女に、俺の顔も自然綻んでしまった。
迎撃に悲劇と喜劇
「ところでさ、褒美って何もらったの?」
「ほら、あそこ安月給じゃん」と、今度はかなり姿勢を崩して胡坐をかいて彼女に聞く。
寒々しくて目に毒な彼女の肩に着物を掛けて言う俺は、きっと困った顔のままなんだろう。
「佐助さん」
「は?」
「だから、佐助さんがほしくて」
「ごめんね、」と笑う彼女。とうとう「帰っていいよ」と言われるまで、俺は俺自身のなんたるかを取り戻すことができなかった。
by six.