まろやかな時間。
幸福だなんて言葉を感情で理解したことなんてなかったのに、妙なことに俺は今それを感じている。
「苦労人ね」
「そうなんだよ。旦那もさー俺様のことなんだと思ってるんだろうね!」
「まあまあ、甘えてるつもりなんでしょう」
「つもりじゃなくて、甘えてるんだよ」
ふうと零したため息に、彼女は苦いお茶を音もなく啜って「くすぐったいくせに」としれっと言うものだから、俺も彼女のたてたお茶を一口飲んで答える。
無言は肯定。それを知ってか彼女は酷く穏やかな表情で俺の髪に手を伸ばした。
「やわらかい」
「そ?」
「食べちゃいたいくらい」
「…お菓子じゃないよ」
「知ってる」と笑う彼女は幼く見える。指先が俺の髪を掬う度に胸の辺りがドクンと脈打つ。
縁側に足を放って座る俺と、正座して座る彼女。
普段なら明確な身長差が浮き彫りになる関係だけど、今日この時ばかりは距離が近い。
右隣から伸びて俺の顔の右側に伸ばされた左腕。
目の前で微かに揺れる細い手首の、細い骨、血管。
「ためこんでばかりだと、身体に悪いよ」
「じゃー、発散しなきゃ」
「そうね、何がしたい?」
彼女の表情は変わらずに穏やか。
それでも意思の強い瞳で俺を見つめる。
やけに熱っぽい視線にまた胸がドクリと脈打つ。
「んー…仕事たまには休みくれないかな」
「ほかには?」
「一日中寝てたい」
「…ほかには?」
「自分の為に団子買って、名ちゃんと二人きりで食べたいなー」
「楽しそうね、……ほかには?」
「二人でどっか行きたい」
「いいね、それ」
「でしょー?」
もっともっととせがむ子供のように、彼女は俺の些細な欲求を探り出す。
その指先が髪を弄るのをやめて、俺が少しだけ淋しくなったところで今度は俺の右頬をなぞった。
「佐助の頬、やらかい」
「名ちゃんの指はきれいだね」
どくどく、心臓がうるさい。
この優しい人を、穏やかな人を、それでいて意志の強い人をこの手で汚したくなる。
もちろん俺自身がそんなことを許すこともできない。
「ねえ、ほかにはないの?」
「んー、」
「溜まった欲求は発散しなくちゃ、ダメでしょう?」
ことんと小さく傾げられた首、その細さと白さに思わず気を取られたかと思ったら、一瞬で俺の視界は彼女と天井だけになった。
「名、ちゃん?」
「もう。佐助ったら全然気づいてくれないのね」
つうと彼女の指先が俺の頬から首へと伸びる。
首筋を辿り、鎖骨の窪みにたどり着いた指先に、彼女を制止する声をかけようとしたが、あえなく、そんな俺の唇は彼女のそれに塞がれる。
「、名ちゃん」
「もう一度、聞くわ」
「ん、?」
「溜まった欲求を発散するために、佐助は何がしたい?」
するり、解かれて俺の腹に落ちた彼女の帯に、眩暈がした。
LADY VIOLET
「名ちゃん、俺様、下?」
「大丈夫、すぐに絶景になるわ」
ふと緩やかに弧を描いた彼女の唇が愛おしい。
彼女の唇に触れたら、心臓が歓喜に跳ね上がった。
by six.