「…聞いてるかい?」

「聞いてるわ」


ぼんやり揺らめく灯りの元で密やかに進められる机上の論理。
薄く降ってくる月の光を少しだけ厭わしそうに、横顔にかかる髪の毛を払う彼の指先が微かに震える。


「閉めましょうか」

「いや、いい」


ふと柔らかくなる口元に一瞬視線を捕らわれて動けなくなる。
そんな些細な私の一挙一投足にさえ、彼はすぐに気づいてそして顔を伏せてみせた。


「竹中さま、あまり無理をなさるとお体に触ります」

「フフ、今更さ」

「今、白湯をお持ちしましょう」

「待ちなさい。僕は今君と話をしているんだ」

「それはあなたのお体より大切なこと?」

「……そうかもしれない」


さらさらと僅かな風に揺らめく髪の毛が、何故だか泣きたくなるほど切ない。


「…君は、どうしたい」

「意地悪ね」


答えなんて、どうせわかっているのでしょう?
ひたすらに穏やかな空気を酌み交わす。
こぼれる命を掬うように広げられる彼の手のひらが、手持ち無沙汰に畳の上を滑る。


「…寒いかい」

「そうね、そうかもしれません。でも」

「…いいよ」


フフ、と柔らかに耳から脳まで、足の先まで溶かしてしまいそうな低い笑い声。


「おいで」


この人は、たくさんの命を見届けてきた。
そして自らの命のかけらを少しずつ撒いていく。


「世界は、変わらないのね」

「変わるさ、秀吉がいる」

「誰も、私の世界を変えてはくれないわ」

「僕がいるのに?」


意外な返事に一瞬強張ったからだ、私の肩をゆっくりとなぞる指先、あたたかな手のひら。
いつかこの身体が冷たくなるとき、私は、この人の傍にいたいのです。


頬を滑った手のひらに、思わず擦り寄った私。
彼はあたたかな息を吐いて、私の唇にその首筋を寄せた。


「…ほら、僕の名を呼んでごらん」





Sprechchor





「、半兵衛」


こぼれる声に願いだけこめて。
微かな衣擦れの音に愛だけこめて。


「あぁ、キレイだね」


彼の胸の音を聞きながら、ぼんやりと直接身体に響く声をきく。


「ほら、髪に月の光が映って」


足元では、数多の進軍を阻む為の机上の論理が、風に揺れて。
そして私は彼の指先をあまく、噛んだ。







by six.



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -