遠くで聞こえる単調な音。
いくつもの膜を通して見ているような、ぼんやりと靄がかかったフォルム。
それを手に取って小さなウィンドウを見れば、そこに点滅していたのは見慣れた名前だった。
ふ、と目を覚ましたら、そこに広がっていたのは雨の朝だった。
瓦屋根に落ちる無数の雨音を聞きながら、布団から上半身を起こす。
落とした視線の先にあるのは、自分の手のひら。
まだはっきりと感覚の残るあの四角いフォルムは、いったい何だったのだろう。
少しずつ、断片的に思い出せば、四角に切り取られた壁を、柔らかな布が風に揺れていた。
もっと柔らかな布団に、カラフルな部屋の中。そう、あれは確かに、部屋だった。
でも、誰の?
「よォ、起きたか」
「あ、え、元親?」
「おうよ」
普段豪快なこの男にも、やはり繊細なところはあるようだ。
起き抜けで働かない身体とは言え、私に気づかれずにこの部屋へ入ってきたその男を見て、私はようやっと布団から出ることにした。
朝の空気はさすがに、薄い着物一枚では寒い。特に海の見えるこの場所では。
「おはよう」
「おう」
不遜な態度も、その優しい眼差しに中和される。
どかりと私の布団の横に胡坐をかいた彼は、少しだけ眉をしかめて、そして私の頬に指を伸ばした。
「元親?」
「お前ェ、寝ながら泣いたのか?」
彼の太い親指が目尻を少しだけ乱暴に擦る。
「痛いよ」と小さく文句を言えば、「悪ぃ」とバツが悪そうに笑う。
「なんかね、不思議な夢を見たの」
「へェ…どんなだ?」
「えぇと、あれ、なんだっけ…」
さっきまでは覚えていたはずなのに、彼を前にして夢の断片すら拾い上げられなくなってしまった。
あれは何の夢だったんだろう。
今度は優しく私の頬を撫でる大きな手のひら。
「泣くほど嫌な夢だったんなら、忘れてよかったじゃねェか」
「ううん、でも、たぶん嫌な夢じゃなかった」
細められた右目が酷く心地いい。
あぁ、でも確か、起きる直前に見たあの名前は、
「長曾我部元親、」
「あァ?」
「って名前を、見た気がするの」
「なんだよ、夢ン中でまで俺と会ってたのか」
そうじゃなくて、と付け足そうとしたところで、なんとなく彼の頬に手を伸ばした。
彼の銀色の髪に太陽が溶ける。
隠れた左目を眼帯の上からなぞったら、彼は少しだけくすぐったそうに喉を鳴らした。
「こんな毎日が、ずっと続けば良いね」
「…あァ、…そうだな」
無理なのを承知でそう告げた唇は、瞬く間に彼の唇でふさがれた。
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「名、」
「ん、」
「あー、その、なんだ」
「ん?」
「淋しい思いばっかさせて悪ィな」
「…大丈夫」
「そうか?」
「うん、たぶん、ずっとずっと、傍にいられるもの」
再び寄せられるあつい唇に瞼を落として応える。
あぁ、そうか。
あの夢は。
by six.