「この度は御目出度う御座います」
「ha,嫌味か」
「そんな、滅相も御座いませんよ」
これで周りの者も少しは安心為さることでしょう。女は袖で口元を隠し、くすくすと静かに笑う。男は片目でそれを一瞥し、舌打ちと共に手にした杯を傾けた。襖が開け放たれた空間に月の影が落ちる。今夜は見事な満月だ。
「俺には正室なんて必要ねぇ」
「政宗様がそんなことばかり仰られるから、片倉様が気苦労なされるのですよ」
「……」
「あの方も、そろそろ身を固めても良い時期でしょうに」
徳利を両手で包むように持った女の伏せられた視線の先は、一体何処に向けられているのだろうか。男はじっと畳を見詰めた後、空になった杯を指先で弄ぶ。従者の婚期を逃したのは主である俺の所為なのか。眉間に深く皺を刻んだ小十郎が脳裏を掠った。
「お前は、」
「……」
「お前はこれから、どうするつもりだ」
「…そうですね…奥方様が嫁いで来られたら、政宗様とお話することも無くなるのでしょうね」
このようにお酌できるのも、最後かもしれません。月に雲が重なって女の顔が陰る。男が聞きたいのはそんなことじゃなかった。酒を注ごうとした女を手で制す。
「…No problem、だ」
「え?」
「お前の面倒は、俺が見てやる」
だから心配は無用だと。男は杯に自ら酒を注ぎ、一気に飲み干した。女は目を見開き何かを発すべく薄い唇を開くが、男によって塞がれたそこから音が漏れることは無い。二つの影が重なり、そのまま畳に落ちた。
愛してるをやり直そうかby eight.t.by
e.g.