「卿は何が欲しい」


彼にそれを聞かれたのは一度のことではない。

私の答えが彼の意にそぐわないからだろう。

この男は自分の望む言葉が得られるまで、その独白のような独り言のような呟きを何度でも繰り返すのかもしれない。

だとしたら聞きたいのは私の方だ。
あなたは何が欲しい。
どんな言葉を私に求めているのか。

一度目は確かこう答えた。

「欲しいものなんてないわ」

もちろん強がってのことだけれど。
彼は私の目を数秒見つめ一言、

「何より」

と嗤った。

その反応が嚼だった私は二度目、指向を変えてこう言ってみた。

「何が欲しいように見えるのかを聞きたいわ」

彼はふむ、と少し考え、

「当てられたら困るのは、卿の方だと思うがね」

とやはり嗤った。

私はその時、全てがバレてると思った。そしてますますわからなくなった。
知っていて何故、彼は私に問うのか。
今更私にそれを言わせてどうしようというのか。
悪趣味だ。

私は彼が好きだ。でもいざ告げたところできっと彼は難解で曖昧で掴み所のない返事をよこすだけだろうと思う。


そして今。
再び問われ私は打算も駆け引きもする力をなくしていた。
細いため息を吐き答える。


「どうして、そんなこと聞くの」

「問いに問いを被せるのはよくないな」

「いいから答えて」

「…相手の望みを理解していることは、相手を捕らえていることに近い」

「私は今でも充分囚われてる。解ってるくせに。今更、」

「卿の口から聞きたいのだよ」


卿の。
卿は。

ああ、やめて。私は。


「私は…あなたに名前を呼んで欲しい」


ジリジリと絞め上げられたような喉から、つい本音が零れてしまった。
彼は満足気に笑い、目尻を下げ、口端を上げた。


「ああ。素直な卿は、思ったとおりに可愛いらしいな」

「何を、」

「さあこっちにおいで。名」


どうしようもなかったと思う。
選択肢なんて上げる隙もなく。

私はふらふらと、彼の元に歩み寄った。


負け戦




所有欲は性欲より美しいと、そうは思わないかね。





by seven.



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