「別動隊の人数が足りんな」
毎朝招集される軍議。とかく毎朝伝え練る話があるというのは些か面倒でもある。
しかし拮抗したまま動かない、否、動けない情勢というものはある面で言えば平和でもあり、そして練る策も底を尽きると言うもの。
今朝その中でも異彩を放つ女を、男は昼過ぎに訪ねた。しかし女は男の意図になどまるで興味ないように、黒の着物を着崩して足を投げ出したまま、事も無げに盤面を見据えてそう言ったのであった。
「別動隊に必要な人数は確保してある。卿が杞憂する事等あるのかね」
パチリ、盤面を挟んで黒の碁石を指に挟んでいたその男は、女の放った手に対し、それほど考えもせずに盤面の情勢を動かす。
「松永殿は些か私を見くびっておられるようだね」
パチン、女の置いた白い碁石は、なるほど、対面している男の眉間に皺を与えるに十分な働きをしたらしい。
男は長い息を吐きつつ、何となしに目線を開け放たれた縁側へと向けた。静かな庵の、その中でも特に日当たりの良い一室。この部屋こそが、男が女に与えた部屋である。
男の目に入ったのは、意思の強い眼差しで外を見つめる横顔と、着崩れた着物の袷から大胆に零れる薄い肩と、捲れ上がった裾から伸びる細く滑らかな脚。
男は一度ふん、と鼻を鳴らし、そして再び盤面へと向き直る。
「卿は今後、盤面がどう動くと考えるのかね」
「さあな。今動いたら只の阿呆さ」
「相違ない」
くつりと喉を鳴らしたのは女が先であった。露になった肩をそのままに、外へ向けていた身体を男へと向ける。その表情は愉しげだ。
「投了しては如何かな」
「ふぅむ」
囲碁は基本先手有利にできている。先手は黒、今回有利であるのは男だが、有利なものをそのままにこれを勝負とは言えない。よって後手である女には5目半のコミ、則ちハンディキャップが与えられているのだが、それにしてもこの勝負、最早黒の劣勢を覆す手段もない。
「これは戦じゃあないんだ。敗けを認めたとて何も変わらんよ」
「やはり、」
「ん」
「卿を相手にするならば、一筋縄ではいかぬようだ」
「今更だね」
肩を過ぎるほどの艶やかな黒髪をかき上げて微笑う女に、男はまたくつりを喉を鳴らして応えてみせる。
「では、これからは私が勝利したならば君の夜を頂こう」
「ほう、私が勝ったらどうするつもりだい?」
「卿が勝ったなら、私の夜を差し上げようか」
それじゃあ変わらないじゃないか、そう笑う女の細い首筋。そこに男の武骨な指が伸びるのに、さほど時間は掛からなかった。
盤石とする
「私の勘違いでなければ、まだ昼間だと思うのだが」
「気にするな、私が夜と言えば夜になる」
「別動隊の人数を増やすかい?」
「いいだろう…君の采配に身を委ねるもまた一興」
動かぬ盤面にこの関係を重ねて笑んだのははたしてどちらが先だったか。
男の手により締められた襖の向こうのことは、わからない。
by six.