暖かなオレンジ色の夕闇が空を染めはじめる頃、私はいつもどおりに仕事を終えて会社を出た。 携帯に届いている沢山のメールはほとんど彼氏からのものだった。…というよりもあの一件で携帯が壊れてしまい、バックアップも不可能で登録されているのは実家と彼氏の番号と会社の人だけというなんとも淋しい電話帳になっていた。 せめて、お姉ちゃんと京子ちゃんの番号だけでも知りたい。 でも、誰経由で聞けばいいんだろう? なんて悩みながらエレベーターを降り、オフィスビルの自動ドアをくぐり外に出た私の耳に、 「莉奈ちゃん!」 私の名前を呼ぶ懐かしい声が聞こえ振り返るとそこには、真っ赤なスーツケースを持ったハルお姉ちゃんが立っていた。 「お姉ちゃん!」 会いたいと思っていた人にその日のうちに会えるなんて私はなんてラッキーなんだろう。そう思いながらお姉ちゃんに駆け寄ると、彼女はいつもの笑顔で「さっき帰ってきたんです。…どうしてもすぐに莉奈ちゃんに会いたかったんです。今からちょっとだけハルに付き合ってください!」 と、いつもとは違う真剣な表情で私の目をじっと見つめてきた。 「…?うん、いいけど…お姉ちゃんどうしたの?」 「なんでもないんです。…じゃ、とりあえず移動しましょうか!」 そう言ってタクシーを止めるお姉ちゃんはいつものお姉ちゃんだった。 *************** 行き先は地元である並盛町の喫茶店。中学生の頃からよく来ていた懐かしい店だった。 「…この前ハルに電話してきたとき何があったんですか?」 頼んだカフェオレを一口飲んでお姉ちゃんはそう切り出した。 「いつもと同じ…いつも通りだったんだけど、どうしてかあの日は耐えられなくなって…それで・・・」 そういつもと同じコトだった。じっと耐えていればすぐに済むのに、あの日は自分でも分からないけれど『逃げなきゃ!』と言う衝動にかられたんだ。 「そんなことがいつも起きてること自体、がハルには許せませんけど…あのね、莉奈ちゃんは獄寺さんのこと今でも好きですか?」 「獄寺くん…?どうして…どうして彼の名前が今でてくるの?」 お姉ちゃんの口から急に出てきた、その名前に私の心臓はドクドクといつもよりも早い脈を打ち始める。 「どうして、とかはどうでもいいんですk。好きか嫌いかを聞いてるです。」 さっきと一緒の真剣な目。黒目がちの瞳に映る私はとても不安そうな顔をしている。 「…好きじゃない。って、言ったら嘘になる。」 本気でお姉ちゃんにこのコトに触れられたのは初めてだ。昔、『付き合ってるんですか?』と聞かれたことはあったけどその時は興味本位って感じだった。 だけど、今日は違う。だったら、私もきちんと答えないと。 「…忘れられない。ううん、忘れたくない。」 嫌いになれないとかじゃなくて、あの頃は本当に楽しくて明日が楽しみで仕方なかった。 そんな日々が、獄寺くんが一緒にいた毎日は忘れられないし、忘れたくもない。 「それは、今でも想っているって取っていいんですよね?」 その問い掛けに私は無言で首を縦に振った。 「じゃあ、今からハルが伝えることを一字一句漏らさずにちゃんと聞いてそして、考えてください。」 えっとたしか…そう言ってお姉ちゃんは鞄の中から小さなメモ用紙を出し読み上げはじめた。 『何があったかは、悪りぃけど三浦と笹川から聞いた。 どういえばいいか分かんねぇーし、上手く言えねぇけど… 俺を頼っていいんだぜ。 どうにかできることだったら、手貸してやるよ。』 「…以上、獄寺さんからの伝言でした。あと、コレを莉奈ちゃんに。」 そう言ってもう一枚メモを渡す。 「獄寺さんの連絡先です。」 私にできるのはここまでです。後は莉奈ちゃんが答えを出す番なんです。 そう言って私の掌に乗せられたメモ用紙からは懐かしいあの人の香りがするような気がした。 「いらないよ。」 「はひっ?どうしてですか?獄寺さんに連絡しないんですか?」 「違う。その番号私知ってるから。…イタリアに行く前にね貰ったの。『いつでも連絡して来いって』」 私の部屋の机の上のお姉ちゃんと京子ちゃんから誕生日プレゼントに貰った、ジュエリーケースの中にしまってあるから。 *************** それからしばらく、イタリア旅行の話、あとツナくんがどれだけかっこいいかといういつもの惚気を聞いて、大量のお土産を貰い私は家に帰った。 鞄の中でなり続ける携帯を見れば彼氏からの着信で履歴が埋まっていた。 出ないと後でいろいろ言われるだろう。きっと痛いこともいっぱいされるだろう。だけど、そんな事よりも私の頭の中は獄寺くんからの伝言で一杯だった。 頼っていいって言ってくれたこと。 手を貸すって言ってくれたこと。 月日が流れても変わらない彼のそんな所が今でも愛おしい。 だけど、その優しさに果たして甘えていいのだろうか? 彼はツナくんの組織の為にイタリアへ行った。彼にとって一番大切なことだ。 きっと忙しいであろう彼に、下らない色恋沙汰で助けを求めていいんだろうか? 自分のことだから自分で解決するのがベストだとは分かっている。だけど、きっと私1人じゃどうにも出来ないところまで来ているのかもしれない。 止むことのない携帯の着信。時折入ってくる、脅しとも取れるような内容のメール。 彼は私を愛しているからこういう行動にでるのだろうか? それとも『彼女』と言う存在の私に固執してるだけなんだろうか? お姉ちゃんには、『後は自分で決めろ』と言われた。 「決められない。」 甘えたい自分と、ソレを許せない自分。2人の私が居て、そのどっちもが私なんだ。 『助けて』って言ったらきっと彼は助けてくれる。 いつだってそうだ。いつも、彼は私に手を差し伸べてくれた。 「甘えて…いいの?」 彼の優しさに。そして、自分の弱さに。 |