op | ナノ


うわ、最悪。そう思ったのは何故かって言うと、失礼な話だけど入った本屋さんのお菓子本のコーナーに男性が立っていたから。加えて言えばその男性が眺めている本が私が買い求めていた本だったから。









この人、この本買うのかな。本棚を見ても同じ本の在庫はなく、この人が持っている一冊で最後のようだ。でもわざわざ店員さんに話しかける勇気もないし、もしかしたらこの人、買わないかもしれないし。まあこの本でなくちゃいけないわけじゃないんだけど。そう思い仕方なく少し間隔を開けて男性の隣に立ち、立ち読みしながら、男性が本を置き立ち去るのを待つことにした。早く帰ってくれないかな、いい加減スーパーの買い物袋が重い。

しかしよくよく見てみればこの人、なかなか怖い容姿をしている。赤い髪の毛は印象的で、それに黒いヘアバンドをしていて眉間の皺は深い。歳は同じくらいだけれど、目付きも特に悪いし実はこの人めちゃめちゃ怖い人なんじゃなかろうか。なのにお菓子本なんか眺めてるなんてミスマッチ!

「何ガン見してやがる」
「へ」
「無遠慮なやつ」
「あ、すみませ…」

もとはといえば私がガン見していたのは貴方ではなく、貴方が眺めているその本なのですとは言えなかった。鋭い視線が突き刺さって、まるで蛇に睨まれた蛙状態だ。赤い髪のこの人は、私を数秒間見たあと、何を思い付いたかにやりと口角を上げた。

「お前、この本が欲しいのか」
「あ、…はい!」

譲ってくれるのか、なんだ結構いい人じゃん。ホラ、と差し出された本に思わず伸ばした手はむなしく空を切った。…あれ。視線をあげると上がったままの口角が視界にはいる。うわ、悪い顔。

「やらねェよ」

不敵に笑う彼は、至極楽しそうに私の脇をするりと抜けてその本を持ったままレジに向かっていってしまった。最悪、だ!やっぱり最悪だ!!ちょっと信じた私が馬鹿でした!!レジに立つ背中を恨みがましく睨んでから、仕方がないので別のお菓子本を探す。あーもう、嫌なやつ!

「帰るぞ」

憤慨したまま本を物色しはじめたのに、それはものの一瞬で終わってしまった。ぐい、と腕を引かれて出口まで連れ出される。何が起こったのかいまいち理解に苦しむ。

「っ、ちょっ、何です、か…!」
「お前、隣の部屋のやつだよな。202号室の、」
「えっ……何で、知って」

マンションの住人たちとは廊下ですれ違ったりしたりはあるが、顔や名前までいちいち覚えていない。それに、挨拶も最初に行ったきりで…あ、お隣さん、こんな顔してた気もする。
察しろよ、視線を明後日の方向に向けたままそうこぼした彼の耳は、随分と赤かった。そんな顔されたら、私までなんだか恥ずかしい。

「お…お名前は」
「ユースタス・キッド」
「なまえみょうじ、です…ご存じのとおり」
「…この本は、やらねェよ。お前が読みに来い」

私の返事も聞かぬまま帰るぞ、とユースタスさんは踵を返した。そうか、帰り道は一緒なのか。この書店から私たちのマンションまでは徒歩約10分。私の斜め前を歩きはじめた彼の背中に、そっと言葉を投げつけてみた。

「ちょっと遠回りして、帰りませんか」

その瞬間、ぴたっと立ち止まった彼に並ぶとバカヤロウと小突かれて、私の指に食い込む買い物袋を、言葉とは裏腹に優しく掠め取られた。買い物袋を覗いて、今日は鍋な、と彼は言うのだ。



111218

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