ざわり、と吹き抜ける風が木々の枝と木葉を揺らす。
その中で"紅"と対峙する政宗を、司は機嫌よさ気に眺めていた。
男の表情が、変わる。


「奥州筆頭…伊達政宗……?!それが何故このようなところに……」

「あぁ?用なんてねぇよ……さっきまではな」


兜によって作られた影の下、獣を思わせる鋭い眼が男を見据える。
政宗が構えのために足を引くと同時、男も両の手の槍をにぎりしめた。
砂利が擦れ、槍が軋む。


「どのような用向きであれ、徒党を組んで武田領を踏み荒らすとは……お館様に代わり、この幸村が仕置きいたす!!」

「そうかい」


まっすぐ、純粋なる敵意を向けてくる男―――幸村に、政宗は悪人ともとれるような、言うなれば凶悪な笑みを浮かべた。
腕を交差させるようにして、幸村はその二槍を構える。


「Hurry!! やんのかやんねえのか、つべこべ言ってねえでサッサと来な!!」

「真田源二郎幸村!お相手致す!!」


その言葉の刹那、白銀の刀と紅の槍が交わった。
金属と木の打音。それから、風切り。
それらが繰り返し存在を主張する中、槍の切っ先が政宗の左頬を掠った。
お互い間合いに入り込んでいたのから、それぞれ距離を取る。


「Ha! やるじゃねえか」

「あっ…ありえねえあの赤いの……筆頭とまともにわたり合ってやがる…!!」

「手だしすんなとは言われたが…手なんざだせるような闘いじゃねえぞコリャ……」

『面白いわ……あの"紅"は、政宗を焼き尽くすかもね?』


伊達軍兵が驚愕する中、くすくすと笑いながら、司は政宗の近くで言葉を紡ぐ。
集中しているからか、それとも熱中しているからか―――"気付いてない"様子さえも、政宗には見受けられない。
直ぐに刀を構えると、再び交わらせた。


「烈火!!」


重い攻撃をいなしていた政宗の手首に、紅の槍が当たる。その衝撃で、白銀の刀は宙を舞った。
もらったァ!と幸村の鋭い声が空気を震わせる。
しかし、その切っ先は当たらず、政宗が刀を抜くことで止められた。
幸村の腹部に、政宗の鋭い蹴りが決まり、二槍の内、政宗の刀と交じっていたひとつは、同じ様に弾き上げられる。


「…ハハッ、この辺で降参か?」


なんて野郎だ…そう胸中で感じつつ、上がった息で挑発する政宗。
同じ様に上がった息のまま、幸村は残りの一槍を構えた。


「……まだまだ!!」

「Ha! そうこなくちゃな……真田幸村っつったなァ!」

『うふふふ…政宗と互角だなんて、中々の手練ね?』


何時もなら煩わしい司の囁きも、今の政宗には気にならない。
それどころか、表層上、己と同じ感情を持っていることに、一種の感嘆さえ覚えた。


「一体どうなってやがんだよ今日は…!さっきの豊臣といいコイツといい尋常じゃねえぞ……」

「やべえんじゃねえのか」

「バカヤロウッ、筆頭に限ってそんなこと…!!」


…強い!こんな昂揚は、久々だ!!
部下の心配を余所に、政宗は楽しそうに笑う。


「名前は…覚えといて、やるぜ!!」


右手に持った刀を大きく引き、そこに属性を纏わせた。
青、いや、蒼い雷は、空気を刔り巻き込むようにして、その力を増大させていく。


「HELL DRAGON!!」


一直線に放たれた雷は、幸村を目掛け、喰らおうとする。
幸村は振りかぶった槍を前へ突き出した。
だが―――政宗の放った雷を避けることが出来ない。
右肩を喰らわれ、後ろの木へと背中からたたき付けられた。
それとほぼ同じ時、政宗の左脇腹が裂かれ、青い陣羽織りを赤く染め上げていく。
ぼたり、と嫌な音を立てて、地に吸い込まれていく鮮血。


「筆頭ォオ!」

「野郎、ふざけやがって…」

「筆頭!血が……」

『あら政宗、怪我なんて珍しいわね。うふふ…あの紅蓮、どうしてしまおうかしら?』

「Shut up!! 黙って見てろォ!!」


重ねられた言葉は、まるで獣の咆哮のようで、司はくすくすと笑うばかり。
その流し目は、何もかもを包括したまま"何も映していない"。

かなり開いた間合いの奥で、息を荒げながら政宗を睨む幸村。
その眼の瞳孔は開き、雰囲気は政宗同様、獣じみたモノへと変わっていた。


『……やっぱり嫌いじゃないわ。面白い子ね』

「ク…ッ、クッ…ハハッ…!上等だ!!」


政宗の両手が刀にかかる。
それを見て、伊達軍兵が声を上げた。


「筆頭ォ!!まさか六爪を…」


瞬間、爆音と共に煙が辺りを覆い尽くした。
伊達軍兵の焦りと、それから痛みとを訴える声が響く。


「くっ…発破か?!」

「その辺にしといてよ、独眼竜の旦那。他人の家でちょっと派手にやりすぎじゃない?」


風が煙を晴らしていく内、第三者の声が政宗に向けられた。
橙色の髪に迷彩の装束―――そして、発破を撃ったであろう、仕込み手裏剣を持った男は、政宗と幸村の間に降り立っている。


「さっ…佐助!!」

「あァ?!何言ってやがる、先にふっかけたのは……」


佐助、と幸村に呼ばれた男を、政宗は不機嫌に突っ掛かる。
その後ろの司も、笑みこそ崩してないものの、僅かに表情が変わっていた。
だが、それだけでなく、己を振り返る佐助に、幸村も声を荒げる。


「佐助!!邪魔だてするでない、これは一対一の…」

「政宗様!」

「小十郎?!何でここに…」


その間に、政宗を追ってきた小十郎が馬上から声を上げた。
まさか自分の腹心が此処に来るとは思っていない政宗は、その疑問を素直に口にだす。
小十郎はその問いに答えず、政宗を見据えた後、柄頭に片倉家の家紋―――"九曜"が彫られた短刀を投げた。
それは佐助に弾かれ、地面に突き刺さる。


「政宗様に怪我させたのはてめぇか…?覚悟できてんだろうな!!」


般若の形相で睨み、刀を抜く小十郎は、低い声でそう脅した。
それに怯えるどころか、ヒュウ、と軽く口笛を鳴らした佐助は、幸村を抱え飄々としている。


「お迎えも来たようだし、この辺で手ェ引いてよ、旦那も!」

「くっ…伊達殿!この勝負一旦、お預けいたす!!」


鳥に掴まり、逃げの姿勢をとった佐助。
幸村はそれに抵抗もせず、政宗に言葉だけを残した。


「テメェ……!」

「政宗様!!」


無論、ここで終わらせるわけには―――そう政宗は追おうとしたが、小十郎に止められた。
政宗は気が緩み傷が痛みだしたのか、憎々しげにそれを見下ろす。
ぼたり、と流れつづける血は、その足元に大きな血溜まりを作っていた。


「ぐっ……」

「政宗様!!」

「筆頭ォ!」

「しっかりして下せえ!」


―――あの紅蓮…!しっかり刻んだぜ、真田幸村…!!

痛みと遠ざかる意識の中で、政宗はそう、強く思った。
兵に撤退命令を下し、素早く処置を済ませた政宗を抱えて、小十郎は馬に跨がる。
不意に、その耳に軽い笑い声が留まった。


『相変わらず無茶をする子。ねえ景綱、貴方もそう思わないかしら?』

「……政宗様をお止めして下され、と申し上げましたが?」


肯定も否定もなく、だがカウンターの様な返され方に、司は気分を損ねず、寧ろ機嫌よさ気に小十郎を見据える。
小十郎も負けじと、その苦手な笑顔を睨むように見返していた。


『あら、"危なくなったら"と言ったはずよ?政宗が蒔いた種ですもの、自分で摘むのが道理でしょう?』

「…………」


無言で馬を走らせた小十郎に、司はくすり、と笑った。
身を焦がす"紅蓮"…真田幸村は、面白い。
そうひとりごちて、両の手を空へ向けた。
―――ああ、なんてくだらない。



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