参
『―――ねえ、政宗』
山崎からの復路、馬に跨がり奥州へ帰る政宗を、司は何時もの声で呼んだ。 返事が返ってこないのは常であるが故に、司は気にせず言葉を紡ぐ。
『一言言えば、私は彼等を殺したのに。何故言わなかったのかしら?』
「……俺はアンタに借りを作るのも、豊臣秀吉も、あの仮面の男も…気にくわねえ」
『あら、酷い言いよう』
くすくすと笑う司に、政宗は奥歯を噛み締めて、獣を思わせる眼で夜道を睨んだ。 連なる馬の蹄の音に混じって、兵の声が聞こえる。
「筆頭…あいつらァ一体……」
「ああ」
横よりは少し後ろに来た兵の言葉に、政宗は小さく反応した。 そちらに向けていた顔を、再び前に戻して、憎々しげに言葉を発する。
「豊臣っていやあ大坂の勢力だ。しかし奴ら、信長が討たれんのを知っていたとしか思えねえ……準備がよすぎる」
『ふふ、そうよね。火種は消さなきゃいけないものね?』
くすくすと笑いながら、からかうように――恐らく、本人は何処までも本気だが――司は言葉を返す。 勿論、兵には聞こえるはずもない。 聞こえているであろう政宗は干渉せず、何の反応もなかった。
「信長の後釜を狙ってやがったな。戻り次第ウチも軍を……」
『あら政宗、先の事より今じゃないかしら。前、いいの?』
「Ah?……うおっ?!」
突如、政宗の馬が暴れた。 だが、そこは流石と言うべきか、落馬することもなく、見事に宥める。 暗い夜道の中、月光を反射し鈍く光るのは、黒い、特徴的な金物。 訝しげな政宗と対照的に、司は楽しそうに笑う。
「なんだこりゃあ…捲き菱?!」
「筆頭…こりゃ武田の……」
「ここはもう武田の領内ですぜ?」
「武田っつったらあの真田忍隊と、甲斐の虎・信玄……」
『うふふ、随分と粋な事をしてくれるわ』
浮足立つ兵とは対照的に、司はぺろり、と血の気のない――そもそも実体がない以上、表現があっているかはわからない――唇を舐めた。 だが、流石は大将と言うべきか、政宗にそのような様子は無く、軽く兵へと振り返る。
「武田ァ?誰だろうと関係ねえな!俺の道行きを邪魔する奴は…」
「何奴!?」
「!!」
がさり、と木々の音と共に、政宗の声が遮られた。 暗闇でもハッキリとわかる紅、両の手にある槍、首にかけられた六文銭―――その男は強い眼で、政宗を、伊達軍を睨む。
「名乗られよ!!此処を甲斐・武田領と知っての狼藉か!?」
「Ah? なんだテメエは?」
訝しげ、というよりは邪魔をされて心底不機嫌、といったように返す政宗。 その隻眼の鋭さは、変わらない。
「邪魔だ。どけ」
「どかぬ!!」
簡潔すぎる言葉に、男は即答で否を返した。 何処までも真っ直ぐな姿勢と言葉に、司はくつり、笑いを噛み殺す。 男はそれを認知できるはずもなく、言葉を連ねる。
「ひとかどの武将とお見受けするが、このような夜分にかくなる所業!野党と間違われたところで致し方あるまい!!名乗られよ!!」
「あァ?!」
『あら、とんだ命知らずね。嫌いじゃないけど』
不機嫌と怒りを助長する言葉に、政宗は馬を降りる。 その後ろでは、心底楽しそうに司がひとりごちていた。 ざあ、と風が流れる。
「Hum…上等だ。このまま手ブラで帰るわけにもいかねえしなァ……仕方ねえ、テメエで我慢してやるか。赤いの」
「あっ……"赤いの"ォ?!」
「俺は今気ィ立ってんだ。叩っ斬られても文句は言うなよ?いいかテメエら、手出しすんじゃねえぞ!!」
政宗の発言に、男は明らかな驚愕と嫌悪をみせる。 それを気にする様子は全くない――自分が挑発したのだから当たり前だが――政宗は、腰の六爪をひとつ、抜いた。
「構えな」
スラリと輝く刀身は冴えきり、そして政宗の隻眼も、そう言えるほどに鋭い。 例えるならば、気高き竜の眼。 音も無く空間が張り詰め、そして、政宗の声が、その空間と静寂を破壊した。
「奥州筆頭・伊達政宗……推して参る」
101210 ← back →
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