――――――奥州 伊達領

緑も豊かな山々の中に、軽快な、だが繋がりすぎて最早地鳴りではないかと思う音が響く。
先頭に立つ男、伊達政宗は吊り上がる口端をそのままに馬を走らせていた。
その耳に、くすくすと軽い笑い声が留まる。


『楽しみね、政宗』


政宗の後ろ、背中合わせで身体を預ける女子は、至極楽しそうで。
しかし、その輪郭は曖昧で、半分以上その身体は透けていた。
振り返りもせず、政宗は小さく反応する。


『でも、前方に邪魔がいるみたい。山賊かしら?』

「Shout up. ちったぁ黙れよ…司」

『相変わらず酷いのね』


司、と呼ばれた女子が再び笑う。
前方には司が言った通り、山賊が女子を囲んで追いはごうとしていた。
その内の一人が気付いたが、もう遅い。
政宗は刀を抜くと、容赦無くその男を斬り付けた。
不様に倒れ込む男の言葉に、政宗は悪人とも取れる不敵な笑みを浮かべる。


「ケンカ売る相手を間違えたようだな!」

「筆頭!」

「筆頭ォー!!」

『本当、元気ね…政宗の軍は』


政宗を追って来る伊達軍兵を見て、司はそう漏らす。
一時落ちたスピードを取り戻すように、政宗は再び馬を走らせた。
地鳴りに似た音を聞きながら、司は笑みを深くする。


「政宗様!!」


少しして、山中ではなく畑の多い平野にでたとき、低い声が政宗を呼び止めた。
頭に手ぬぐいを巻いた、右に頬傷のある男―――"竜の右目"片倉小十郎。
その姿をとらえた政宗は、手綱を引く。


「そのような格好で何処へ行かれるのです!」

「なあに、山崎までちょっとした散歩さ」

「山崎?!」


平然と答える政宗に、小十郎の表情は驚愕が伺える。
だが、政宗に気にした様子はない。
司も、そのやり取りを笑ってみているだけ。


「今あそこで何が起きているのかおわかりですか!信長の跡目を狙って諸国大名が次々に明智攻めを準備しているのですよ?!」

「あァ。それを見に行くんだ」

『ふふ、政宗らしいわね』


司の視線は、山崎の方へと向いている。
そして、綺麗に微笑みを浮かべた。
何か言い合う双竜の事など気に留めず、綺麗過ぎて寒気のする笑みを保ったまま。


「そのようなことされずとも…!諸国の動向は現在、草の者に調べさせておりますので……」

「Ha!」


小十郎の言葉を遮った政宗の声。
そのまま、政宗は己の左目を指差す。


「小十郎、俺はな、この目で見たものしか信じねえのさ」

「しかし…」

「心配すんな、すぐ戻るぜ!!」

「政宗様!」


小十郎の制止も聞かず、政宗は三度馬を走らせた。
その背を見送りつつ、小十郎は頭の手ぬぐいを取り払う。
険しい顔のまま、小さくため息をついた。


「まったく…仕方のないお人だ」

『あら、わかっていたことでしょう?景綱』


くすくすと笑う司に、小十郎は更に表情を強張らせた。
この笑顔は苦手だ。背筋が凍りそうになる。
それを悟らせぬようにしつつ、小十郎は司に向き直った。


「…政宗様をお止めしてくだされ」

『無理ね。あのコが人の言うことを簡単に聞かないのくらい、わかっているのでしょう?』


即答された言葉に、また小さくため息をついた。
わかってはいる。いるのだが―――主をそう簡単に危険に飛び込ませるわけにもいかないのだ。
その心理を読み取ったのか、司が笑みを深くする。


『その忠義に免じて、危なくなったら助けるようにするわ…私の愛しい義弟ですもの』

「お頼みします、……俺も直ぐに追いますので」

『あら、私信用ないのね?ふふ、まあ構わないけど』


そこまで会話をして、司の姿は跡形もなく消え去った。
するり、と纏わり付くような風が小十郎の頬を撫でる。
同時に靡いた前髪を手で持ち上げて、小十郎は城への道を急いだ。




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