―――轟、

朔月の夜に映えるように、赤と橙が爛々と輝いていた。
それは建物の輪郭をはっきりと映し出し、―――そしてそれを喰らい、より一層勢いを増していく。

それらに囲まれた人間、女性というには幼く、少女というにはあまりに大人びた女子は、畏怖することもなく、ただ笑みを浮かべていた。
今にも己を喰らおうと、"痛み"が迫っているのいうのにも関わらず、だ。


「……綺麗ね、」


ぽつり、とそう囁いて、両の手を上へ向けた。
幼子が、親に抱き上げてくれと言わんばかりの動作。
勿論それを受け取るものは何もない。
あるのは―――もう何も感じぬ、"痛み"を捨てた骸だけで。




「 さよなら 」




その言葉は、彼のものに届いたのか、否か。
それを知る術などあるはずもなく。
全ては、灰に還る。









轟、

濃灰色の重苦しい空からは、人々が神と畏怖する音が響いていた。
僅かに開いた障子の隙間から脅威の欠片は入り込み、その"痛み"を、脅威を奮う。
それに掻き消されそうになりながらも、扇の閉じる音は部屋に響いた。


「―――風が」


障子に手をかけていた男の、低い声が暗闇に響く。
それを遮るように、木枠が固い音を立てた。


「出て参りましたな」


その男の後方―――上座に座ったもう一人は、盃を勢いよく煽った。


「―――あァ」


一瞬の沈黙の後、返された言葉。
鋭い瞳は、何処か獣を思わせた。
それはあるべく場所に、一ツだけ、存在しない。
鍔で隠されたその奥に、男は何を見たのか、男の口角が、挑発的に上がる。


「嵐が来るぜ」

『―――そうね』


そこに、似つかわしくない高い声が入り込んだ。
聞こえている筈の男からの返答はない。
だが、声の主は気にした様子もなく、くすくすと綺麗に笑う。嗤う。


『乱世の再臨ね。これ程待ち望んだモノはないわ……ねえ?政宗、』


政宗と呼ばれた、隻眼の男からの返答はやはり無い。
それでも、その声の主は身体と同じように、透けたような笑みを浮かべるだけで。

轟、と、雷がひとつ、音を響かせた。


乱世、再臨せり。




101204 再録
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