零
―――轟、
朔月の夜に映えるように、赤と橙が爛々と輝いていた。 それは建物の輪郭をはっきりと映し出し、―――そしてそれを喰らい、より一層勢いを増していく。
それらに囲まれた人間、女性というには幼く、少女というにはあまりに大人びた女子は、畏怖することもなく、ただ笑みを浮かべていた。 今にも己を喰らおうと、"痛み"が迫っているのいうのにも関わらず、だ。
「……綺麗ね、」
ぽつり、とそう囁いて、両の手を上へ向けた。 幼子が、親に抱き上げてくれと言わんばかりの動作。 勿論それを受け取るものは何もない。 あるのは―――もう何も感じぬ、"痛み"を捨てた骸だけで。
「 さよなら 」
その言葉は、彼のものに届いたのか、否か。 それを知る術などあるはずもなく。 全ては、灰に還る。
*
轟、
濃灰色の重苦しい空からは、人々が神と畏怖する音が響いていた。 僅かに開いた障子の隙間から脅威の欠片は入り込み、その"痛み"を、脅威を奮う。 それに掻き消されそうになりながらも、扇の閉じる音は部屋に響いた。
「―――風が」
障子に手をかけていた男の、低い声が暗闇に響く。 それを遮るように、木枠が固い音を立てた。
「出て参りましたな」
その男の後方―――上座に座ったもう一人は、盃を勢いよく煽った。
「―――あァ」
一瞬の沈黙の後、返された言葉。 鋭い瞳は、何処か獣を思わせた。 それはあるべく場所に、一ツだけ、存在しない。 鍔で隠されたその奥に、男は何を見たのか、男の口角が、挑発的に上がる。
「嵐が来るぜ」
『―――そうね』
そこに、似つかわしくない高い声が入り込んだ。 聞こえている筈の男からの返答はない。 だが、声の主は気にした様子もなく、くすくすと綺麗に笑う。嗤う。
『乱世の再臨ね。これ程待ち望んだモノはないわ……ねえ?政宗、』
政宗と呼ばれた、隻眼の男からの返答はやはり無い。 それでも、その声の主は身体と同じように、透けたような笑みを浮かべるだけで。
轟、と、雷がひとつ、音を響かせた。
乱世、再臨せり。
101204 再録 ← back →
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