拾漆







―――久秀の元へ、小十郎はただ突き進んでいた。

兵を斬り捨て、捕虜を救い出して、"竜の宝"を取り戻すために。
捕虜の解放はほぼ済んだ。後は、主の六爪のみ。
そう思い、刀を抜いたまま走っていく。
陣のような、小さな建物に入ったとき、待っていたかのように、大量の銃口が、小十郎を捉えた。


「ちぃっ……!」


瞬時に守りの体勢になる。微かな舌打ちは、それで防ぎきれると思っていないからだろう。
その銃から、鉛玉が放たれる―――
その前に、断片的な悲鳴だけでその場は終息した。
小十郎の前には、見慣れた青い陣羽織。


「政宗様?!」

「威勢良く出てった割に、随分とかかる事で」


振り返った"政宗"の笑みに、小十郎は顔を引き締めた。
自分の主ではないと、瞬時に理解したからだ。自分の主は、政宗はあのような"綺麗に歪んだ"笑みなど浮かべはしない。


「……政宗様は、」

「あら、反応無し?寂しいわ……可愛い義弟なら貴方を追おうとしたのよ。自分の身も省みずにね」


目を見開く小十郎に、司はくすくすと笑うだけ。見た目は政宗だが、何故かそこに違和感は存在しない。
刃毀れの酷い刀を一振りして、司はゆっくりと歩きだす。


「司様?!」

「あら景綱、貴方は行かないの?あの梟の元へ」


司はそれだけ言い放つと、今度こそ歩みはじめた。小十郎は一度、刀をきつく握り締めてから、その背を追う。
主を守らねばならぬと、言い訳のように胸中で繰り返しながら。









「―――ふむ、これは珍しい客人だ」


開口一番に、久秀はそう呟く。"政宗"と小十郎の姿を見て、だ。
小十郎に手をかけられた刀が、微かな鍔鳴りを響かせる。
それを、司が手で止めた。
政宗らしい――小十郎からすれば、ただの仮面でしかないが――笑みを湛えて、久秀を睨みつける。


「予期していたことに、今更何を言う?」


政宗でもない、かといって司でもない、微妙な口調で、"政宗"の声が響く。
不敵に浮かべたその笑みは、やはり"綺麗に歪んで"いた。
くつ、と、久秀が笑いを喉で噛み殺す。そして、剣の切っ先で前の二人を指し示した。
不敵な笑みは、喰えない。それに、司はひっそりと笑いを押し殺す。


「いやはや、これは予想外だよ」


きし、と空気が軋む。
殺気の類ではない。だからといって、気のせいだと云うには余りにハッキリとした、空気の変質。
小十郎の眉間に、深いシワが刻まれた。嫌な予感、で済まないような虫の知らせに、今にも切り掛かろうとする。
それに気付いてか否か、久秀は薄っぺらい笑みを湛えた。




「竜の姿を借りた黒禍が来るとは」




その言葉に、司はついに吹き出した。
勿論、政宗のような笑い方等ではない。軽快で不気味な、寒気を感じさせるモノで。
ひとしきり笑ってから、司は久秀を見据えた。その眼に、彼の者は映っていないというのに。


「嫌いじゃないわ。梟にしては頭が回るのね」


くすくす、と可愛らしく――実際、醸し出される雰囲気はそれと掛け離れているが――笑う司は、刃毀れの酷い刀の切っ先を向けた。
心なしか、まるで刀身がすべて存在して居るかのように、焔の光を受けて輝いている。


「卿は何をしに来たのかね?この俗世に干渉し続けるとでも?」

「あら、可愛い義弟の仕返しくらい良いじゃない。私も"痛み"が欲しいしね?」


司の浮かべる笑みが、初めて"人間らしく"変わる。それでも、本当に人が浮かべるのかと思うくらい、酷く整い過ぎていた。
小十郎の苦い顔は、誰にも気付かれない。その握りすぎた、両の拳さえも。
久秀が声を上げて笑った。司の表情は変わらない。


「卿からはあらゆるものを奪おう。…なに、絶望ぐらいは残る」

「あらゆるもの?貴方、甘いのね」


久秀は、自分の言葉に即答した司を、感心したように見据える。
司はといえば、刀の切っ先を突き刺して、両の手を自由にしていた。


「なら私は全てを奪うわ」


一歩前に出した足が、地面を軋ませる。
ざり、と砂同士が擦れ合う様も、司にとっては愛しい"痛み"。
喰われるように、風が凪いだ。


「貴方の城も、国も、民も、兵も、刀も、声も、意思も、身体も、命さえも全部、貴方自身から」


歌うように、高らかに。
まるで愛でも囁いているような恍惚の表情で、司は言葉を紡ぎ続ける。


「希望も絶望も苦痛も快楽も、感じる前に"痛み"で奪い尽くしてあげる」


大きく腕を広げて、現実味の無い言葉を吐く様は、舞台の一人芝居のようで。
はた、と全ての音が消えた。











「―――とても、素敵なことじゃない?」











極上の笑みで吐かれた"異質"が、そこの全てを変質させた。
人形のような表情は真っ直ぐと久秀を見据え、敵意ではなく、純粋な"悪意"を向けつづける。
そんな司の後ろで、小十郎は眉間に深いシワを刻んでいた。
自分にはどうしようもできないと分かりながら、どうにかせねばという使命感に、苛まされる。


「いやはや、卿は怖いな……とんだ狂狡だ」


久秀が言葉を紡いだ。そう言いつつも、表情は笑ったまま。
司は刀を握ると、軽く一振りした。軌跡に微かに残る、蒼い火花。


「だが、実に興味深い。そこまで狂っていながら、卿は実に純粋だ。まるで、何も知らない幼子のように」

「うふふ、光栄だこと。お礼は…そうね、"痛み"を貴方へ贈るわ」


その瞬間、均衡は脆く崩れ去る。




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