拾弐
鋭い金属音と、地面の焦げるニオイが感覚を麻痺させていく。 燃え上がる炎と霹靂く雷の最中で、小十郎と久秀は対峙していた。
「私はこれと決めた物はすぐに欲しい性分でね。あまり焦らさないでくれないか?」
不敵な笑みを湛えながら、久秀は剣を振るう。 対照的に、小十郎は何時もの強面を倍以上険しくして、攻防を繰り返していた。 そして、その後ろで珍しく援護に回る政宗の表情もまた、固く、強張っている。
「奴に隙を与えるな…あの腐った魂ごと、叩き斬ってやれ…!」
「心得ております…これ以上好きにはさせん」
『素敵ね。とても美しい痛みの応酬だわ』
司そう、無邪気に笑う。 久秀がそれに気付く訳もなく、そして双竜は、ただただ久秀に集中していた。 轟、と炎が炎上する。
「私が良い人間だったなどという結末など無いよ」
小十郎が斬り掛かるのを軽々といなす。息が上がっている様子も何もなく、久秀はただ、平時と変わらぬ姿でそこにいた。 いなされたことで一度体制を崩した小十郎だったが、直ぐに持ち直しては、高い位置で刀を構える。
「どれ、」
久秀が一本の命綱に剣を宛がう。 その綱で命を長らえている兵の表情が、恐怖で歪んだ。 刃が、振り上げられる。
「やめろぉおおぉおお!!」
「待て!!」
小十郎の叫びの後、鋭く響いたのは、政宗の声。久秀の剣は、寸のところで止まった。 その後ろで、司が綺麗に歪んだ笑みを浮かべる。それの意味するものは、災悪か、終焉か。 政宗は自分の腰にある六爪を、鞘ごと外した。
「くれてやる…そいつらを解放しろ」
乱暴に投げられたそれは、折り重なって固い音を立てる。 捕虜の兵が制止の言葉をかけるが、政宗はただ、久秀を睨むだけ。 久秀はゆっくりと、命綱から剣を離した。 それから、小さく手を鳴らす。その拍手は、嘲笑のようで。
「いや、見事見事…卿は全く以って清らかな男だ。実に救いがたい」
ぱち、ぱち、と鳴らされる手に、小十郎の眉間にシワが増える。政宗は、やはりただ睨むだけ。 久秀はひとしきり笑ったあと、政宗を見据える。
「いやはや……全くだ」
ぱちん、と久秀が指を鳴らした瞬間―――政宗の足元が爆発した。 決して華奢とはいえない政宗の身体は宙に放り出され、安々と崖下へと落下していく。
「政宗様あぁああぁぁあ!!」
小十郎の悲痛な叫びが、反響する。 そのまま、何の躊躇いもなく、政宗を追って身を投げた。 先に落ちた政宗を身体を抱き留めると、そのまま、世の摂理に従って落ちていく。 捕虜の兵達が政宗と小十郎の名を呼び続ける中、久秀はゆっくりと、政宗の六爪へ歩み寄った。 そのうちの一本を抜く。曇りの無い、美しい刀。
「六の爪、確かに頂いた」
それを眺めながら、久秀はそう零した。 その真正面、誰からも認知されない――少なくとも、此処に残る人間には絶対に――司は、小さく、笑い声を漏らす。
『うふふ、素敵ね。素敵で愛おしくて、だからこそ、綺麗なまま殺してあげたいくらい』
人形のように整った顔は崩れない。 だが、それは段々と透けて、終には、消えた。 聞こえない筈の笑い声が、空気に混ざって"異質"を主張する。
110512 ← back →
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