拾弌







ひゅう、と風が吹き抜けて、政宗の髪を微かに揺らす。
だが、政宗は先を睨んだまま、ゆっくりと刀を抜いた。横に並ぶ小十郎も、刀を抜いて構える。
空気と殺気が軋轢を生んでは、澱みを増加させていた。


「小十郎…わかってるな」


政宗の低い声が、その空気を震わせる。
足りない言葉。だが、小十郎には十分すぎるくらいで。


「はっ。皆の命、必ずや救い出しましょう」


小さく頭を下げて、小十郎が言葉を補った。
それを聞いて、政宗は小さく、口角を上げる。


「Okey…俺に続け!」

「承知!」


勢いよく走り出した二人の後ろ―――不意に現れた司は、二人の進んだその先を、何も映さない、人形のような眼で見据えた。
血の気のない唇が、"綺麗に"歪む。


『新たな痛みだわ…うふふ、何て素敵なのかしら』


うっとりとした表情を浮かべて、司は舌なめずりをする。
そして、双竜を追い掛けるように前に進むと、その姿は空気に溶け込んだ。
澱んでいた空気は、何時からか暗鬱へと変貌している。









氷穴を抜け、駆け抜けた先、双竜と男――松永久秀――は対峙していた。
久秀の背後には、丸太にくくり付けられ、命綱二本で生きながらえている伊達軍兵の姿。
司が不意に姿を現す。その事実は、誰にも知られていない。


「一つ……二つ……また一つ……」


二人に背を向け、刀に目線を向けたまま、松永は言葉を紡ぐ。
険しい表情で睨む双竜とは裏腹に、司はうっとりと微笑んでいた。


「人は生まれて、壊れる事の繰り返しだ…」

『あら、よくわかっているのね。ふふ、とても面白いわ……まるで幼子の様な狂気』


松永の言葉に同意する司の声は、響かずに四散する。
勿論、松永に届くはずもなく、ゆっくりと振り向いては双竜を見据えた。


「やぁ…独眼竜とその右目、ご機嫌如何かな。六の爪を貰いに来たのだが、問題あるまい?……と言いたい所だが…機嫌はあまり良くないようだ」

「テメェ…自分がしたことをよくわかっていないようだな…!」


飄々としている松永に、流石の小十郎も、怒りをあらわに、低い声で言葉を紡ぐ。
松永は小さく笑うと、ゆっくりと命綱へと近付いた。


「そいつは失敬……これで勘弁してくれたまえ」

「何っ?!」


そして、刃を宛がっては―――躊躇い無く、その命綱を切り、落とした。
悲鳴を上げながら落ちていく兵。その声は徐々に小さくなり、そして、響きさえも消える。
松永は二人に向き直ると、切っ先を向けた。
指し示す先は、政宗の六爪。


「ふっ…さあ、それをもらえば以上で終わりだ」

「政宗様、ここはこの小十郎にお任せを。貴方の手を薄汚い血で汚す必要は無い…!」


低く、低く、小十郎の硬い声色が地を這うように響いた。
構えられた刀は、まるで獣の眼のようにぎらぎらと輝く。


「Okey…その粋、見せてみろ」

『あら政宗、優しいのね。その燃え盛る"痛み"を、解放せずに渡してしまうなんて』


くすくす、と笑う司を、政宗は微かに一瞥した。
その前で小十郎と松永の刃が、痛い金属音を発する。
松永は片腕であしらいながら、本気の声色で、言葉を紡ぎだす。


「卿らは何を怒っているのかね?」

「分からねぇとはな…テメェは芥以下だ…!」


飄々とした言葉に対し、小十郎の低い、怒りの感じ取れる声。
次の瞬間には、霹靂く雷が空間を飲み込んでいた。




110421
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