拾
「オラァ!」
両の手を勢いよく振り抜き、政宗は慶次に突っ込んでいく。 交わった六爪と超刀は、耳鳴りを起こしそうな程に軋み、空気を震わせた。 踏ん張った足は後ろに下がり、多少なりと気圧されつつも、慶次の表情は明るい。
「くっ…やるねえ」
「政宗様の六爪の初撃を弾くとは…あの男……」
伊達軍の兵達がざわめく。 小十郎でさえも、少しばかり驚いた表情をしていた。 受け止めて少し強張っていた慶次の顔が、何時もの笑顔に変わる。
「ようし…こっちからも行くぜ」
―――押しの一手! 超刀を真一文字にしては、突進するように斬りつけてくる。 政宗はそれを六爪で受け止めて、勢いと力を受け流した。 地を蹴って飛び上がっては、落ちる勢いを借りて切り下ろす。
「テメェがここにいるってことは、前田は上杉と同盟でも組んだか」
「関係ねえよ、家の事は」
超刀の刃に足をついて、政宗は距離を取った。 会話をしながらも、激しい剣劇は止まない。
「Han! 出奔して上杉に仕官でもするつもりか?」
「謙信はただの友達だ」
茶化すように挑発する言にも、慶次の表情は変わらない。 頬に掠った刃を気にすることなく、政宗の六爪を弾き返した。
「俺は、一つのところに留まるのは苦手で、ねっ!」
「逃げ口上だな」
「そんなんじゃ…っねえ」
見下すように、嘲笑うように言い放って、政宗の攻撃は更に鋭さを増す。 押されつつもいなし、言葉を否定し続ける慶次に―――政宗の表情が、変わった。
「気にくわねえな」
痛い金属音を立てて、双方の武器が交わる。 ぎちぎちと軋むその音を聞きながら、司はうっとりと目を細めていた。 政宗と慶次の作り出す、"痛みの応酬"に。
「それで、……テメェはそこで高みの見物か?」
鋭く睨み言い捨てると、政宗は歯を食いしばる。 瞬間的に跳ね上がる力に耐え切れず、慶次は超刀もろとも弾かれた。 大きく水しぶきが上がる。
「っが……!っ、…てぇ……」
『…ふふ、水も滴るナントヤラ、かしら?』
噎せる慶次を見て、司は楽しそうに比喩する。 政宗はといえば、さっきまでの笑みを全て取っ払い、口を引き結んで、ただ慶次を睨んでいた。
「…はは、あんたやっぱつえぇな……」
超刀を握って、慶次は身軽に起き上がる。 政宗の表情は、変わらない。
「楽しくなってきたね、もういっちょいくかぁ」
「馬鹿野郎、今のでまだわからねえのか」
自分の言葉に被せるようにして言われたことに、慶次は少しムッとした表情を見せた。
「…何がだよ」
「テメェは俺に一生勝てねえ」
「政宗様!武田本陣近くに放っていた斥候より火急の報せです!」
殺さんばかりに睨む政宗の言葉の後、静観していた小十郎の声が響いた。 政宗は呆然とする慶次に意識を向けたまま。小十郎も、言葉を続ける。
「武田本陣に豊臣の奇襲があったもようです。竹中半兵衛による鉄砲隊の急襲があり本陣は壊滅状態!豊臣軍は撤退するも、上杉謙信・武田信玄ともに行方知れずと…」
『あら、つまらないわ。水を差されるなんて』
「チッ、先を越されたな。仕切りなおしか」
つまらないと言いつつ、司の顔は笑ったまま。 対照的に、政宗は舌打ちをして、六爪を鞘に戻した。 そして、それを聞いていた慶次に顔を向ける。
「……だとよ。テメェの今と昔のオトモダチだ。アンタはどうする風来坊」
「まだ、勝負はついてないだろ?」
「…………」
あくまでも勝負を続けようとする慶次を、政宗はきつく見据えたまま。 少しして、不意に背を向けた。
「行くぞ、小十郎!!」
「…は、」
躊躇い無く踵を返す姿に、小十郎は何も言わず、小さく肯定を返した。 自分の横を通る主を、前方への警戒は怠らずに見据える。
「奴はこのままでよろしいので?」
「ほっとけ。あんな奴斬る価値もねえ」
『あら、清々しい言いよう』
くすくす、と笑う司に、双竜はどちらも反応しない。 小十郎はそれ以上、何も言葉を連ねない。
「おい待てよ、まだ……!」
「目的もなく、ただ振り回してるだけの刀に、何で俺が本気で相手をしなきゃならねえんだ」
焦ったように立ち上がる慶次を、政宗は眉間にシワを寄せて睨みつけた。 小さな舌打ちが、反響する。
「テメェにねえのは背負うもんじゃなく背負う覚悟だ」
大きく、押し潰されてしまいそうな程重いモノを背負っている故の言葉。国主である政宗と、そうでない慶次の明らかな差異。 慶次の眼が、見開かれる。
「俺は豊臣も上杉もブッ潰す」
そしてその表情は、驚嘆から呆然へと変わっていった。 止めと言わんばかりに、馬に跨がった政宗は慶次を一瞥する。
「テメェはそこで腐ってろ負け犬」
そこまで言って、政宗は今度こそ背を向けた。 引き返しはじめたとき―――くすくす、と軽い笑い声が耳に留まる。
『優しいわね、政宗。わざわざ言ってあげるなんて』
「…………」
『それとも、自分へかしら?自分は無力じゃないと、誇示するためかしら?』
政宗は反応を返さない。ただじっと、馬を走らせているだけで。 その背を見ながら、小十郎は苦い顔をしていた。 主を愛しいと言いつつ、厳し過ぎる、目を背けたい事ばかりを突き付ける司がわからない、と。
『それでいいのよ。それが貴方の"痛み"だものね?愛しく憐れな私の政宗』
「……テメェに理解なんざ求めてねえ」
低く小さく、政宗が言い返す。 蹄の音で掻き消され、小十郎には届かないが、司にはしっかりと届いたらしい。 満足げに笑っては、その姿を消した。 苦い顔のまま、小十郎は口を開きかけ、そのままそれを固く引き結ぶ。
何の会話も生まぬまま、ただ、連なる音が響きつづけていた。
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