「…で?なんだテメェは……?」


伊達軍が急襲した先、上杉本陣に軍神は不在。
代わりに、長い髪と派手な恰好をした男が、そこに居た。
機嫌を損ねたように問い掛ける政宗は、さらに言葉を連ねる。


「本陣がもぬけのカラたぁどういうことだ?それとテメェは誰だ」

「あんたが伊達政宗か。強そうだな」


その男は不敵に、だが政宗とは違い人のいい笑みを浮かべた。
政宗の後ろで、小十郎の顔が険しくなる。


「政宗様、」

「下がってろ小十郎」


一蹴されて、小十郎は押し黙る。
刀に手をかけ、何時でも抜刀できるようにする姿に、司はひっそりと笑みを浮かべた。
だが、政宗がそれを知る由もなく、さらに言葉を連ねる。


「名乗れっつってんだよ」

「俺は前田慶次。えーと、留守番中…かな」

『あら、運が良いわね。うふふ……素晴らしい"痛み"だわ』


慈しむような、それでいて嘲笑うような司の言葉に、小十郎は一瞬、顔をしかめた。
だが、背を向けている政宗は気付かない。男―――慶次の名乗りを聞くと、さっきまでの不機嫌顔ではなく、不敵に笑った。


「Ha! 前田!テメェがあの前田慶次か!」

「みんなよく俺のこと知ってるなぁ、有名人てのもツライねえ」


照れたように頭を掻きながら、なあ夢吉、と己の肩に居る猿に、慶次は同意を求める。
夢吉が同意したかは定かでない、しかし、慶次が嬉しそうにしているのだけは事実だった。


「前田の風来坊…行きがけの駄賃にしちゃあ骨のありそうなヤツだな」

『そうね。もしかしたら、あの"紅蓮"と肩を並べる位の"痛み"かも知れないわ……さしずめ、雷雲を吹き飛ばす"暴風"かしら?』


司の同意が、政宗には届いているはず。
だが、政宗に反応は無い。気付いているのかすら、危ういのだ。


「…豊臣秀吉とテメェは昔、ツルんでたそうじゃねえか」


政宗の言葉に、慶次の顔付きが変わった。澄んでいた笑みが澱んでは落ちていく。
きしり、と軋んだ空気は、何処にも行かずに留まっては、憂いと濁りを増していった。


「ここにいるってことは豊臣か?上杉か?どっちのイヌだ?」

「秀吉とは関係ねえ…」


幾分か低くなった声に、風のすり抜ける音が混ざりこんだ。
だが、それをさらうことはなく、紡がれた言の葉は反響して意識に留まる。


「謙信には世話になったんでね、一宿一飯の恩義ってヤツさ」

「Ha! まあいい、どっちだって俺には同じコトだ」

『そうよね?理由なんてどうでもいいわ、"痛み"は唯一の共通、純粋なモノだもの』


うっとりと心酔するような、熱にうなされたような表情を、司は浮かべる。
どう見てもその眼は"尋常"で無かったが―――良くも悪くも、それを指摘する人間は居ない。


「俺の前に立つ奴は全員倒す。怪我する前にそこをどきな」


不敵に笑ったままの政宗が、左腰の刀に手を掛けた。
だが、政宗が抜刀するよりも早く、慶次は己の超刀を地面に突き立てる。
土くれが跳ね、あっさりとひび割れて、地面は刃を受け入れた。


「言ったろ?留守番だって。ここを通すわけにはいかないよ」

「……そうこなくちゃな」


ひゅう、と聞こえたのは、風か、それとも、政宗の口笛か。
楽しそうな政宗とは違い、慶次は困惑したような、呆れたような表情を浮かべた。


「ところであの兄さん達すげえニラんでるんだけど。あんた倒したら俺、アッチも相手しなきゃなんないワケ?」

「Ha! 俺を倒したら、だと?」


慶次の言葉を、政宗は小馬鹿にするように笑った。
抜いた刀の切っ先で、己の後ろの地面を刔る。
緩やかな曲線を描かれたそれは、境界線。


「こっから向こうは俺の国だ。誰にも手出しはさせねえ」


風さえも凪いだような、張り詰めた反響。
兜の下から覗く眼は、ぎらついた光を宿し、より一層鋭く慶次を睨んだ。


「テメェと俺とじゃ、背負ってるモンが違うんだよ!」

「……ふーん。俺は別に何も背負いたくないね」


腑に落ちないような、納得していないような表情で慶次は返した。
突き刺したままの超刀を抜くと、その言動からは想像できないくらい、凛々しく、楽しそうに笑う。


「楽しまないと、人生損だよ?」

「御託はいい、そろそろ行くぜ?」


慶次のその表情に釣られるかのように、政宗もまた、笑みを浮かべた。
戦の時によく見る、悪人ともとれそうな、不敵な笑みを。


「政宗様、」

「わかってるよ。一瞬でカタつけてやる」


小十郎が後ろから名前を呼んだだけ―――だが、政宗にはそれで十分だったらしい。
言葉を紡ぐと同時、政宗が両の手を刀に掛けた。
ぱしり、と微かに蒼い雷が鞘を被っている。
だが、慶次に臆する様子は全くない。それどころか、面白いものを見つけた、と言わんばかりに声を上げた。


「へえ!六の爪ってやつか。見せてもらおうかな」

「上等だ……クセになるなよ?」

『さあ、"痛み"が始まるわ……精々喰われないようにね?愛しく哀れな私の政宗、』






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