捌
―――奥州 越後 国境付近
政宗を筆頭とする伊達軍は、そこの小高い場所に佇んでいた。 一見すれば不機嫌そうな、或いは怒っているような――勿論、そんなことはないのだが――政宗の後ろでは、半分透けた司が、やはり機嫌良さそうに笑っている。 背後からの足音に、政宗は意識をそちらに向けた。
「物見より伝令!武田軍・上杉軍、それぞれ国境にさしかかったとの報告です!このまま、川中島両岸に布陣するもよう!」
『うふふ……痛みが世界を焼きはじめるのね。素敵だわ。ねえ、政宗?』
「…………るせぇ」
風にもさらわれてしまいそうな程に、小さな政宗の声。 それでも司には届いたらしい、悪態であるにも関わらず、くすくすと可愛らしく笑っている。
「八幡原ならば地の利は上杉…それに対して甲斐の虎がどんな布陣で出るのか……決戦はおそらく明朝、今だ無い規模で両軍総力戦とみえます!」
「…奴らもラチのあかねえ戦いには飽きたか」
政宗の表情が楽しそうに歪む。 それはまるで、悪戯に成功した子供のようで。 横の小十郎が考え込むように顎に当てていた手を、手綱に戻した。
「BINGO! つまり今、春日山城はガラ空きってことだ。行くぜ!!」
政宗の言葉を皮切りに、伊達軍は一気に速度を上げる。 半ばなだれ込むように川中島へ急襲する姿は、まるで炎の如く。 連なりすぎて、最早轟音に近い蹄の音を、司は揺られながら聞いていた。
「Stop!」
暫くして、政宗は大声で軍を止めた。 見下ろす先は、川中島。 武器同士を交わらせ、或いは弾き、或いは破壊し―――世界を、自分を壊されまいと奮闘する人間達の姿を、司は愛おしそうに見据えていた。 恍惚とした表情で、妖艶に唇を舐める。
『素敵ね。とても愛おしいわ……今すぐ全てを痛みで焼き尽くしてしまいたいくらい』
くすくす、と笑う姿は、まるで人形のように整っていて。 無反応な政宗の横で、小十郎が一瞬だけ視線を向けた。 だが直ぐに、不敵な表情で見下ろす政宗と、同じ方を見据える。
「Hey! いい具合におっぱじまってんな」
絶え間無い金属音。雄叫び。悲鳴。 痛みという"痛み"さえも凝縮した戦場は、この乱世を生きるものには当たり前の光景だった。
「頃合いだ!せっかくのPartyに遅れるんじゃねえぞ!!」
『そうよね?"痛み"を感じれないなんて、死んでいるのと同じだもの。生を、死を感じなくてはね?』
司の言葉にではないだろうが、その言葉が終息したとき―――政宗の口端が、不敵に持ち上がった。 まるで悪役とも取れるその笑顔を、背後の部下に向ける。
「Are You Ready Guys?」
「YEAHHHHHHH!!」
耳を塞ぎたくなるような雄叫びの後、伊達軍は川中島へなだれ込む。 政宗の笑顔を脳裏で反芻しながら、司は綺麗に歪んだ己の唇に触れた。 溢れている"痛み"に、酔いしれながら。
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