審神者と薬研と光忠


「なあ、大将。聞いても良いか」

「なんじゃ、急に」

問うた薬研藤四郎を、彼の主は少しばかり目を丸くして見つめ返した。薬研がこうも畏まって先のように問うなど、初めてだった。薬研は少々口が荒っぽい。だが、決して礼儀を欠いてるとは思わせない、何処か頼りがいのある、そんな雰囲気を纏っていた。だからこそ、今回のように下から出るのは意外だと、彼の主はそう思っていた。

「答えられる事なら構わぬが」

「勿論だ。答えたくなかったら答えなくていい」

自分を見つめる眼は、その刀身のように美しく、まっすぐだった。いたたまれなくなって、ふいと視線を逸らす。それを誤摩化すように、何を聞きたい、と、責付くように言葉を紡いだ。

「大将は、どうして左目を隠してるんだ?」

「ああ、これか」

そう言って、主は自らの左目に触れた。薬研は近頃、近侍として主の傍に居る事が多い。だが、日中は勿論、明るかろうと暗かろうと、眠るときでさえ、主はその眼を覆う眼帯を外さない。それが当たり前だったが、ふと、気になったのだ。その黒い眼帯の下は、どうなっているのだろう、と。
主は少し思案する素振りを見せてから、左の眼はな、と話しだした。

「怪我をして光を失うてな。故に隠しておったのじゃが、『化け物』に喰われてしもうた。見せられるようなシロモノではない」

「別に、見たい訳じゃねぇぜ」

「分かっておる。言うただけじゃ」

カラカラと笑う主に、薬研は小さく笑った。自分の主は、少々悪戯が好きらしい。
そのとき、薬研は自分が遠くから呼ばれている事に気がついた。彼の兄弟達の声だった。大将、わりぃ、そう言って、薬研は声のする方へと駆けて行く。
だから、気付かなかった。やんわりと拒否され、それ以上聞くなと、牽制されたことに。
薬研の背を見送りながら、彼の主は小さく溜息をついた。左手でそっと眼帯に触れる。見せる訳にはいかない。たとえ、この眼を抉り取ってでも。

「面白い話をしていたね」

「…………なんじゃ、光忠か。盗み聞きとは趣味が悪いのう」

背後からの声に、主はあきれ顔で後ろを振り返った。対して、声をかけた燭台切光忠は、何時ものように穏やかに笑っている。だが―――主と同じように、ひとつしかない眼は、どこか鋭く、冷えきっている。その眼を見据えても、主は恐れない。

「人聞きの悪いことを言うね。……君がその眼を『喰われた』なんていうからさ。僕の前の主の逸話を、騙ったのかとでも思って」

「それこそ人聞きの悪い。儂はぬしの前の主は知らぬ。逸話を知っている訳もなかろうて」

はあ、と溜息をつく主に、にこにこと笑ったままの光忠。対照的ながらも、お互いの纏う雰囲気は、戦場のそれを思わせるほどに冷えきり、張りつめている。
しん、と、耳鳴りがするくらいの煩い静寂。

「―――……嘘は言うておらぬぞ。儂の左目は、『荒ぶる神』に喰われた故。とても見せられるようなシロモノではないわ」

「……君が言うなら、そうなのかもね」

笑顔を崩す事無く、だがその冷えきった視線を改める事も無く、光忠は部屋を出て行った。一人残された審神者は、また、小さく息を吐く。眼帯越しの左目は、獲物を探してはぐずりと疼くのだ。此処では無用の長物だというのに。

「アラガミの眼など、見せられると思うてか」

ぽつり、と零された言葉。審神者の左目は、もう人の其れではない。全てを喰らう、そして、審神者が殺してきた、化け物の其れだった。
其れは人の眼と違い、よく見える。
其れは人の眼と違い、夜目が利く。
其れは人の眼と違い、とても鋭い。
其れは間違いなく、審神者が屠るべき、荒ぶる神々の眼だった。
何度抉っても、何度潰しても、それはそこに”在”るのだ。いくら呪詛を吐き、壊しても、それはそこに鎮座している。
審神者にとって、それは、隠すべき醜態でしかない。『神を喰い殺す者』である自分の一部が其の神などと、とても笑えたものではない。

「ぬしらとは違う」

その後に、言葉は、続かない。




ヒトと、刀と、それから
(どれにも属せない、どれにも値しない)
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