審神者と清光と三日月


「……なんじゃ、清光。こんなところにおったのか」

呆れたように零された言葉。膝を立て、そこに顔を埋めていた加州清光は、びくりと大きく肩を跳ねさせた。自分に声をかけたのが、今一番会いたくなかった自分の主であると理解したが故の、反射だった。
―――先の戦で、清光は負傷していた。何が悪かったわけではない。布陣はこちらが有利だったし、いつも通りの戦だったのだ。だが、たまたま、今回、標的にと目をつけられたのが清光だった。集中砲火、とはいかないまでも、何時もより多くの攻撃をくらってしまった。装備は壊れ、自らも重傷まで追い込まれた。……ただ、それだけのこと。
だが清光にとって、負傷して汚れること、ひいては、綺麗でなくなることは、『主に愛されなくなる』ことに直結していた。だから、いくら理性が主のところへ、手入れ部屋へ、と思っても、心がついていかない。不安が不安を呼び、不確かな妄想は自分自身を追いつめる。そして、清光は主の元へ行く事よりも、隠れる事を選んでしまった。

「なんで、俺を……俺なんかを捜しにきたの」

「ぬしがおらんからじゃろうて。そんな事も分からん位の負傷をしているなら尚更じゃ、ほれ、早う来い」

差し出された掌。それは間違いなく、清光に向けられていた。だが、清光はそれを取れない。主の手は綺麗だった。日に焼けていないためか白く、女子であるが故に細く、小さい。汚い自分に触ってくれるわけが無い。捨てられてしまう。そう思うと、どうしても手を伸ばせなかった。

「………………ほんに、ぬしも頑固じゃのう」

いくらかの静寂の後、はあ、と、溜息まじりに吐き出された声。次の瞬間、清光の手は、主のそれに掴まれていた。力のかかるまま、ゆっくりと立ち上がった。
じい、と、漆黒の眼が、清光の眼に映る。

「どうせぬしの事じゃ、汚れたから捨てられるとか、愛されないとか、そんなロクでも無い事を考えておるのじゃろ」

「いくらなんでも、酷い言い様じゃ、ないの、」

「はて、なんのことやら」

すっとぼける主を、清光は睨みつけた。この人も同じだ、どうせ、俺を。そんな思考が占めたとき、そっと、頬に触れる熱を感じた。それは紛う事無く、目の前の主の掌だった。

「その理論でいけば、儂は儂を捨てねばならぬ故。実に下らない。儂が一度でもぬしを捨てるだのなんだのと言ったか?言っておらんじゃろう。思い込みも大概にせい、分かったら手入れに行くぞ」

有無を言わさずまくしたてられ、清光はぽかんとした。気がつけば、手入れ部屋に押し込まれていた。触れられた頬が熱い。ああ、俺はまだ愛されてる。実感を帯びて、やっと、清光は小さく笑みを浮かべた。
手入れが終わったら、主の所へ行こう。それから、うんと甘えてやろう。そう心に決めて、清光は頬に触れた。熱はまだ、冷めそうにない。





「…………随分な言い様をするんだな」

背後からかかった声に、審神者の女子は足を止めた。振り返る事はしない。声さえ分かれば、誰か等とはすぐに理解できるのだから。そのまま、言葉を紡ぐ。

「何の事じゃ?儂は事実しか言うておらぬぞ」

「加州清光の事を言っているわけではない。主自身のことだ」

固い声色でいわれ、眉間に皺が寄る。彼女は自分自身の事を語る事をしなかった。何方かと言えば無邪気な短刀達に問われても、それとなく太刀や打刀達に聞かれても、のらりくらりと躱していた。感情表現が豊かな癖して、その真意は誰にも見せない。それが、この本丸の審神者だった。

「自身を捨てねばならないと言った。つまり―――君は自分が綺麗でないと思っているわけだ。いや、もっと深きものか?主自身を、殺したいとでも思っている。違うか?」

「――――――そうじゃのう。当たらずとも遠からず、と言っておこうかの」

彼女の声色はいつも通りだった。少しばかり抑揚が欠けて、酷く、平坦ではあったが、間違いなく、彼女の声だった。
そのまま、続ける。

「儂は審神者になど相応しくない。儂はこの腕輪に囚われた道具じゃ。ぬしらと同じ武器にすぎぬ。武器はいつでも使えるよう手入れをするものじゃろう。それをしただけの事。そのためなら、どんな物言いをしようと、結果は変わらぬよ」

彼女はついさっき、清光に振れた手で、自らの手首にある腕輪に触れていた。紅色をした無骨なそれは、細く白い腕には不釣り合いで、異様な雰囲気を醸し出していた。
まるで、何もかもを食い殺すような、鋭い、牙のような。

「……話は終わりか?なら、ぬしももう休むと良い。刀剣であるぬしが使えぬようでは困るぞ」

「それもそうか。ではそうしよう……呼び止めてすまなかったな」

「構わぬ。ゆっくり休め、宗近」

彼女は三日月宗近の気配が遠ざかるのを待ってから、ゆっくりと歩き出した。目線の先は、右手首の、腕輪。

「神を喰い殺すモノを審神者にするなど、下らぬにも程がある」



死臭を侍らせる咎を身に纏い
(『神』の復讐と呼ぶには、あまりにも幸せすぎて)
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