審神者とおだて組がアラガミに遭遇する


※アラガミ遭遇ネタ




「長谷部、光忠、倶利伽羅、万屋に付き合ってくれんか」

「は、主命とあらば」

「うん、いいよ。ホラ大倶利伽羅、逃げないの」

「なんで俺が……」

ひょこ、と顔を見せた審神者の声に、三人は立ち上がった。すまん、買うものが多くてなあ、と苦笑いする審神者に、お持ちしますという長谷部、お金は貸さないよという光忠、その彼に腕を掴まれ逃げられない大倶利伽羅と、三者三様の反応を見せた。じゃあ行くかのう、と、審神者が先頭を歩く。
少し歩いた先の万屋は、本丸の面々の行きつけになっていた。店主は審神者の姿を見ると、審神者様、いつもありがとうございます、と、にこやかに声をかける。こちらこそ、と返しつつ、審神者は商品の品定めを始める。

「今日は何をお買い求めで?」

「ああ、打ち粉と……」

店主が話を始めると、審神者は三人に向かってあっちへ行けと言わんばかりに手を動かした。買い出しによく駆り出される三人には、それが「好きに見ていろ」という意味だと知っている。大倶利伽羅と光忠はそれぞれ好きに店内の品を見、長谷部は興味がないのか、そのまま審神者の背後に控えていた。
しばらくして、審神者は買い物を終えたらしい。たくさんのものを腕に抱え、光忠と大倶利伽羅に声をかけた。二人は素直に審神者の方へ向かうと、それぞれが審神者の抱えていた荷物をひょいと持ち上げ、軽々と抱えた。既に長谷部は一つ抱えている。審神者の腕の中には、何一つ無くなってしまった。
その様子を見ていた店主に笑われながら、四人は店を出た。ゆっくりと、本丸までの道を歩く。

「しかし、儂もひとつくらい持てる。倶利伽羅、片腕で下手に抱えては刀を振るうのに支障が出るぞ」

「そんなヤワじゃない」

「そうそう。主は女性だしね、荷物を持たせるなんてカッコ悪くて出来ないよ」

そう言われて、審神者はすこし困ったように苦笑いを浮かべた。どうもそういう扱いには慣れぬな、と、独りごちる。三人の耳はその声を捉えていたが、それに関して、何かを言うことはなかった。
他愛のない話をしながら歩き、本丸まであとわずか―――そんなとき、唐突に審神者が足を止めた。

「主、いかがなさいました?」

「…………今、音が――――――」

「音?別に何もしなかったけど……大倶利伽羅、聞こえた?」

「何も」

二人の言葉を聞いてから、審神者は長谷部に視線を向ける。静かに、だが確かに小さく首を横に振る長谷部。気のせいか、と、審神者が考えを振り払おうとした瞬間、気配を感じ取った。
懐かしくも恐ろしい、審神者にとって宿敵であるものの気配。かちり、と、脳内でスイッチが入る。この先、自分は審神者ではない。『       』だ。一つしかない黒瞳の瞳孔が開く。そこからが、早かった。一番先を歩く大倶利伽羅に走って近づくと、荷物を持っていない方の腕を思い切り引っ張る。完全に不意を突かれた大倶利伽羅はバランスを崩し、数歩後ずさった。何をする、そう言おうと開いた口から、言葉が出ない。目の前の光景を、じっと見据えることしかできなかった。

「すまぬのう、倶利伽羅。間に合わぬと思うての。……ここから先は、『儂の領域』じゃ、邪魔をしてくれるな。光忠、長谷部、ぬしらもじゃぞ?」

にい、と、審神者が笑う。いつもと同じように見えるそれは、何処か楽しそうで、……何処か、苦しそうで。ギラギラと鋭い眼は、まるで獲物を狙う狩人のよう。ぞくりと背中が凍る。闘気?殺気?どちらも違う。これは―――捕食者を前にしたときの、感情だ。萎縮する身体。早鐘を打つ鼓動。震える手足。声が出ない。体が言うことを聞かない。動けない。呼吸の仕方が分からない。
それを分かってか、審神者は少し困ったように首をかしげた。その腕で、白く大きな、狼のような鬼のような、人の体躯と同じくらいある『なにか』を、抑え込みながら。

「そう恐れるな。ぬしらに傷は付けさせぬ。大丈夫じゃ―――さあ、深呼吸、深呼吸」

声色はどこまでも優しい。三人に向ける眼はさっきまでと打って変わって、慈愛に満ちたものになっていた。その奥で、『なにか』の牙を掴み、軽々と抑え込んでいるのにも関わらず、そんな素振りを一切見せずに。
ひゅう、と、誰かの喉がなる。審神者はそれを聞き、そうそう、それで良い、と笑った。そして、その瞬間、抑え込んでいた『なにか』に向かって、鋭い回し蹴りを叩き込む。地面を転がる『なにか』を冷たく見下ろし、さて、と審神者は息を吐く。

「久方ぶりの食事じゃ……気の済むまで喰らい尽くせ!」

ぱちん。指がなる。瞬き一つするより早く、審神者の手には、大きな武器が握られていた。人の背丈と同じくらいあるそれは、その半分を刀身が占めている。刀剣の分類でいうなら、太刀になるだろうというくらいの、刀身。だが、身幅は刀剣のそれよりもずっと広い。それを喰らうようにして、黒い、頭のようなものが現れた。大きく口を開けたそれは、先程審神者が蹴り飛ばした『なにか』を、一口で、喰らった。だが、その後ろに、何匹もの『なにか』が、居る。

「千客万来、結構結構!血が滾るのう!」

審神者が笑う。走りながら『なにか』を斬り捨て、斬り捨て、食い殺す。目を奪われる。無慈悲に、的確に、一太刀で『なにか』の命を刈り取る様は、猛禽類の狩りのようで。
そう時間が経たないうちに、『なにか』は審神者によって、全てが沈黙していた。それらは黒い靄になっていき、空気に溶けては消えていく。手に持つ武器を肩に担ぐと、ゆっくりとした足取りで三人へと近づく。

「信じられぬ、といった顔じゃな」

審神者はそう言って、足を止めた。三人との距離は、お互いの間合いの外。話すには少し遠いくらいの、距離感。そのまま、続ける。

「それとも、儂が怖いか?」

「ッ、そんなわけ!」

「ない、と言いたい割には、目が泳いでおるのう、長谷部」

やんわりと指摘されて、長谷部が言葉に詰まる。じいと見据える審神者の黒瞳は、いつもと同じであるはずなのに、それはどこか、赤く見えた。まるで、さっきまで対峙していた『なにか』を彷彿させるような。
審神者は穏やかに笑っている。これ以上聞くなと、首をつっこむなと、他言無用だと言っているかのように。背筋が凍りそうな笑顔を貼り付けて、三人を見据えていた。

「……おや、もう日が傾いてきたのう。早う戻らねば。ほれ、行くぞ」

どれくらいそうしていたのかは、わからない。不意に審神者がいつもの調子でそう言って、三人に背を向けた。気がつけば、その手にあった武器は跡形もなく消えていて。さっきまでのアレは夢だったのかと思うほど、何一つ残っていなかった。
先頭を歩く審神者の背が、夕日で赤く染まる。それはまるで、返り血のようで。



拭えぬ傷
(触れたら相手も傷がつく)
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