目が覚める。隣を見る。蜂蜜色がいないことに少し肩を落として、二度寝を決め込もうとしたとき、なんとも言えない匂いが、ここいら一帯にに住む人よりいくらか低い鼻についた。

「アーサーさん」

なんともいえないわけじゃない。なんの匂いかくらい想像がついている。無意識に呼んだ名前の人物が、朝食を焦がそうとしているところだ。むしろ、既に焦げ切ってしまっているのかもしれない。ため息を吐きつつベッドから足を下ろす。ひやりとしたフローリングが体温を奪ってくる。爪先でスリッパを見つけ、適当に突っ込む。


「アーサーさん、」
「ナマエ、起きたのか」
「ん、おはよ」

わたしが起きるまで待っててくれたらいいのに、と言うと少しだけ寂しそうな表情を見せてくる。寂しいのはこっちなのに、なんだっていうの、もう。

「朝食にそれ、食べろっていうの」

ちょうどアーサーさんが手にしている平皿の上に、申し訳なさそうに黒い塊たちが乗っているのを見てそう聞くと、これまた彼も申し訳なさそうに肩をすくめた。料理の腕は壊滅的なのに料理作りが好きだというのは、なんだか救われない恋愛を見ているようでかわいそうだと思う。

「いい、わたしシリアル食べる。アーサーさんは紅茶とそれね」
「ああ」
「明日は起こしてね。スコーン、一緒につくろ」
「…おう!」

こんな会話をしたのは何回目かわからない。毎回忘れたことにしているから、回数なんて数えていないし、数えるつもりもない。ただ朝の目覚めをひとりで迎えるたびに、ぽっかりとした穴が空いているような気がして肌が粟立つ。

だって、絶対に起こしてくれないんだから。

 *

ナマエは今日も目覚めた。
今日は07:12:09にリビングに出てきた。
ホッと内心で胸をなで下ろす。
ナマエは生きている。

俺のスコーンに今日も文句を付けた。
今日はシリアルを食べるらしい。
明日は俺と朝食を作るのだと言う。
ナマエは生きている。

そうして一日を過ごす。
ソファーでは肩に頭を預けてくる。
愛おしいと思う。
ナマエは生きている。
俺も生きている。


ぽつりぽつりとそれらを考えて、言いようのない背徳がぞわぞわと喉元を這い上がって来ているのに気付く。今まで書き付けてきた日記の文字は、どんなにページを捲っても滲んだようにぼんやり薄まってしまっている。気持ちの悪さに吐き出してしまいたくなる。不出来なスコーンの所為では絶対ない。

「う、あ」

日記の意味がない。毎日毎日書き付けても、決まって涙がそれをぼやけさせる。何冊目になったのかもわからない日記帳は、長い年月を語る。

あいつが眠るまでは眠れない。本当にそれは眠っていると言えるのか、もうわからない。朝起こすことももう出来なくなってしまった。起こして、起きてくれないことが今の俺にとってなにより怖い。


俺が彼女に掛けたまじないは、まだ効果を失わないまま。

13.01.06



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テーマ「人外ファンタジー」
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