例えばそれを知らなくても、私は出会ってしまっただろう。 | ナノ


   みつめる


えんぴつを滑らせていると、自動ドアが音を立てて開いた。それだけなら特に気にすることもなかったのに、小さく上がった声にスケッチブックから顔を上げた。

「さっきの…」
「トウヤくん。よく会うね…っというか、ポケモンセンターは特にトレーナーさんとポケモンの休憩所だもんね」
「はい。…失礼なんですが、名前を聞いてもいいですか?」
「あ、名乗ってなかったね。私はネムっていって、普段はヒウンシティのアトリエヒウンのスタッフをしてるよ」

ちょっと話して、トウヤくんが手持ちの子たちをジョイさんに預けて来た。外はねした明るい髪色に帽子を被っているトウヤくんは、まさしく旅をしている少年そのもので、時間潰しに、と話をしてくれている旅の話は、彼の旅がとても充実していることを表していた。
私は旅には出なかったから、そういうことには少し憧れる。気がつくと、話を聞くのに夢中になっていて、スケッチをする手は止まっていた。


「それで、…そうだ、僕Nってやつを探してるんです。追い掛けて、きっと止めてやるって決めてて。緑色のくせのある長い髪の、背の高い男なんですけど、見た事ありませんか?」

ふいに出た話題に、びくりとする。
トウヤくんはNくんを知っていて、尚且つ探している、なんて。世間は狭いのだろうか。いや、それより私はただ一度会っただけの彼を、どうしてこんなにも気にしているんだろう。

「あは、わかんないですよね。ごめんなさい、変な話して。そいつも変な奴なんですけど…ボクの全身から溢れるトモダチへのらぶ!なんて言うんですよ。変なやつでしょ?」

けろりと笑いながらそういうトウヤくんに、私は本当に、Nくんのことを何も知らないのだと思い知らされた。一度、ただ一緒に観覧車に乗っただけで、しかも自分は彼にうんざりしてた筈で。


「あっ、終わったみたい。それじゃ、僕もう少し野生のポケモンと戦って、それからフウロさんに挑戦しにいきます!絵を描くの、邪魔しちゃってごめんなさい」
「ううん、トウヤくんの話、すごく面白かったから邪魔だなんて思ってなかったかな。それに、絵はまた後でも描けるもの。あなたのポケモンともども、気をつけてねー」

はーい、と返事をしながら手を振るトウヤくんに、こちらも手を振る。

本当はこれから描こうとしてもなんだか落ち着かなくて、今回は諦めようと思ってる、なんて言えなかった。Nくんは、今どうしているのだろう。トウヤくんの話の端々に出てきたあたり、旅をしているのかもしれない。もうなんだか変だ。気分も才能、なんていうのは本当なのかもしれない。

気分を変えたくて、ライブキャスターを見た。館長さんへの連絡は、思いも寄らず向こうからかかってきて、鳩豆だった。ニュースで知ったらしく、無理して帰ってこなくても大丈夫だから、と言ってくれた。ごめんなさい、と謝って、その言葉に甘えさせてもらっている。いつもいつも、館長さんは良くてくれて、本当に申し訳ない。

ため息をついて、ふ、とガラス越しのフキヨセシティを見ようとすると、そこに緑色の髪色の男の子が見えた。こっちを見て、笑っている気がした。その笑った顔に、さあっと冷たいものが背筋を通り過ぎた。

「え、ぬくん」

そう呟いたのが聞こえたのか、するりとどこかへ歩き出してしまって、ポケモンセンターからは見えなくなってしまう。ポケモンセンターから出ても、もう見えない。なんで、こんな気分にならなくちゃいけないのだろうか。

もしかしてさっきまでトウヤくんと話していたのを?でも、それだったらどちらかが気付く。なんだかおかしい。変だ。変、だ。

こんな雨の中、傘もささずに立っていた彼は、変だ。とても、こんなにも、寒いのに。


121112

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