indulgentia
お前はグズだからな。
それか彼の口癖だった。授業がうまくできなくても、課題ができなくても、箒にうまく乗れなくても、英語がうまく喋れなくても、全部その一言で済まされた。
それは贖宥状のようにも、私には何も期待していないともとれた。
私がグズだから。だからシリウスくんは私に構ってくれるのだという。私がグズではなくなる日が来たら、もうシリウスくんは私に優しくはなくなるのだ。いくら「そんな日来るはずない」と言われても、私は怖くてたまらなかった。
もしも授業で指名された時に答えを当てたら?もしも課題をすんなりと解けるようになったら?もしもシリウスくんより、そのお友達のくしゃくしゃ頭の人より飛行術がうまくなったら?もしもぺらぺらと母国語のようにクイーンイングリッシュを扱えるようになったら?
その時はきっと、シリウスくんは私を見てくれなくなる。そんなのは絶対に嫌だった。
だから、私はグズのままで構わなかった。
* *
「なあハナ」
「うん、なあに」
「今日は誰と話した?」
「シリウスくんだけ」
いい子だ、そう言って頭を撫でててくれる。私はグズだけどシリウスくんの言う「悪い子」にはならないようにしなければいけない。悪い子になっても私はシリウスくんに構ってもらえなくなってしまう。シリウスくんが私をいないように、私の存在を無視して生活するなんて、とてもじゃないけれど耐えられるわけがない。だからこそ、私はシリウスくんに言われた通りにしなくちゃいけない。私はいい子じゃないといけない。
「お前は俺以外と話すともっとグズになるからな」
あまりにひどいグズでも私はシリウスくんに捨てられてしまう。シリウスくんは、本当はグズが嫌いだから。でも、仕方なく私のグズさに付き合ってくれている。我慢してくれているの。だから私はこれ以上グズになってはいけないし、悪い子になってもいけない。出来る子になってもいけない。
「うん、わかってる」
「裏切ったら許さないからな」
「そんなことするはずがないよ。だって私にはシリウスくんしかいないんだもん。私はシリウスくんがいないと生きていけないから」
「当たり前だろ。俺がいないとハナは死ぬしかないんだから」
「うん。うん」
これが私たちの倖せだから。