仏壇に添えられた写真は少し、無愛想な顔をしていた。にっこり笑ってなんかないけど、自然で、苦しそうじゃない顏。それだけでも私の胸はいっぱいいっぱいで。

「部屋行こうぜ。お前に渡さなきゃいけねえのがあったからよ」

そう言うシリウスの後ろをついてく。なんだか、シリウスはしっかりしたような気がする。ずっとレギュラスの頑張りに甘えていたんだもの。長男なのに家からしょっちゅう飛び出したりして。

レギュラスに、みせてあげたいかもしれない。…ああ、ちがう。レギュラスはきっと見てる。それで笑ってるんだ。

 * *

数年ぶりに入ったレギュラスの部屋は、すごく整理されていた。荷物がなんにもない、少し日に焼けたフローリング。ずっと昔私が描いた落書きだけ、壁に残ってる。小さく描かれた相愛傘は、小学生の私が、勝手に忍び込んで勝手に描いた落書きで、もう消されていると思ってた。私の名前とレギュラスの名前。

ぼうっとそれを眺めているとシリウスが目尻を下げながら笑った。私は少し恥ずかしくなって、シリウスを叩く。照れんなよ、と笑う彼が非常に憎らしい。

「これ、あいつが消さないでくれってお袋に頼み込んだんだぜ。毎年、毎年、聞いてもいないのに大掃除の時に念押しみてえにさ」

けらけらとシリウスが笑う。乾いていたはずの眼がじわじわと熱くなってきていた。なんで、そんなことするの。レギュラスは馬鹿だよ。頭はいいくせに、馬鹿だよ。

机の上には、植木の花が置いてあって、その横に、少しだけくたくたな折られた便箋。

「…あった、お前宛の手紙」

ぺらりと渡された便箋を開くと、消しゴムで何度も消したような跡がたくさんあった。一番下のところに、小さく、「ごめんなさい」と、「すきです」とだけ、レギュラスらしくない、荒っぽい字で書いてあった。

「これ…」

「レギュラスが倒れる数日前の夜中、ずっと書いてたみたいなんだよ。馬鹿だよな。自分の口から言えばいいっていうのにさ。嫌われたら、自分が死んだときにお前が悲しまなく済むとでも思ったのか知らねえけど」

ぐるぐると地面が回ってるようだった。真っ直ぐなはずのフローリングの線が、ぐにゃぐにゃと歪んでいるようで、私の眼に涙が溜まっているだけだったけれど。ごしごしと拭っても、ぼろぼろ落ちてきて、」もう手が付けられない。

「レギュラス、馬鹿だ、うましかだ、私、嫌いになんてなれないのに、私、大好きなのに、もっと、教えてくれてよかったのに、頼ってくれたらよかったのに」

ぐずぐず、鼻水も涙も止まらない。握りしめた便箋が、さっき以上にぐしゃぐしゃになってしまうのも気にせず、私は泣いた。

「この花、今は咲いてねえけどさ、ずっとレギュラスの奴育ててたんだぜ。花言葉がーたしか永遠の恋だとか、変わらない愛情を永遠に、だとか、くっせーのばっかなんだけど…あ、花の名前かいてあるじゃねえか。センニチコウだとよ。小さくてかわいい花が咲くんだぜ」

シリウスがにぃっと笑う。中学の時は一度も見なかった鉢植えに、高校に行きだしてから、という考えが頭を廻った。馬鹿、レギュラスの馬鹿。心臓弱いのに、私の心臓をぐらぐらにさせてたんだ。私は、レギュラスの心臓をぐらぐらに出来たこと、あったのかな。私はたくさんあったんだよ。ずっと好きだったもん。好きだった、じゃないや、まだ好き。昔から、今も、好き。大好き。

ねえ、他人じゃないよ。少なくとも私にとっては、大好きな人だよ。



110906 fin.