人魚姫と王子様
※現代学生パロディ
転入生の黒星くんは、どこか物憂げな表情でみんながクロールで泳ぐ姿を見ていた。
6月にやってきた彼は、きれいな黒髪と色素の薄い眸の、とても綺麗な男の子だった。高校にもなってプールの授業があるのは珍しいのか、それともただプールの授業が嫌いなのかはわからないけれど、制服のままプールサイドの日の当たらないところに座っている。
「黒星くん」
プールの淵に腕を置いて、黒星くんに呼びかける。私の声に気付いたのか、彼はゆるりとした動作でこちらに視線をくれた。
「なんの御用ですか」
相変わらず冷たいというかクールだというか。ハーフだという彼の容姿はとても女の子受けするかっこよさで、態度こそ冷めているものの、紳士的で、誰にでも敬語を使う黒星くんは女の子の憧れだ。強いて言うのなら王子様みたいな。金髪碧眼じゃないものの、王子様といっても過言ではないと思う。
私も黒星くんに憧れている一人でもあるけれど、他の子たちよりはずっと良心的なのだと自負している。
休み時間の度に読書している彼の席の周りを数人で囲んできゃっきゃと話しかけたりする過激な子たちとはさすがに違うのである。
「プール、どうして入らないの?こーんなに暑いのに、こーんなに涼しげなんだよ」
「嫌いなんです。水は」
ええ?と不満げな声を上げてみても、彼はその一点張りである。水が嫌い、なんて結構珍しい人だなあ、と少しだけ思った。もしかして、小さい頃に海か何かで溺れたりしたのかもしれない。
「ナマエ−!順番だよー!」
「はーい!」
ばちゃっと水を跳ねさせながら友達の方へ行く。黒星くんはため息を吐いていたように思う。私はプールの授業が好きだ。だって私、水泳部にも入っているから。
きゃいきゃいと高い声で媚びを売るクラスの女の子が、黒星くんの元へ行くのが見えて、さっと目を逸らした。
* *
「あれ?」
スクールバッグにノートや教科書を詰め終えて、部活へ行こうと教室から出たら、扉のすぐ隣に黒星くんが立っていた。珍しい。部活に所属していないらしい彼は、いつもならすぐに帰宅するというのに。
「あの」
「え、うん、どうしたの?」
「水泳部、今日はやっていますか?」
黒星くんの言葉にぽかんと開いた口が塞がらなくなった。水泳部。私は水泳部員だから、それを尋ねるのには適任だ。だけど、黒星くんは水が嫌いなんじゃ。
「マネージャーをしたいんです」
はい?と聞き返したくなった。彼は今何を言っただろうか。マネージャー?水泳部の、と捉えちゃってもいいんだろうか。確かに水泳部にはマネージャーはいない。それはいなくても部員が自分たちで仕事を回していれば問題ないからで、だけどマネージャーがいてくれると助かるような、でも、
「だめ、ですか?」
「や、そそそんなことないけど!」
「じゃあ、いいですか?水を嫌ってばかりじゃいけないと思ったんですが、どうにも水泳の授業では克服できるような気がしなくて」
「へ、へえ…そうなんだ…」
どうしよう。このまま彼をマネージャーにしちゃってもいいんだろうか。まず私は部長ではないから、そこのところが分からない。顧問の先生にだって話さなくちゃいけないし、それに、ああもう考えてたら胃が痛くなってきた!
「よろしくお願いします、ナマエさん」
「う、うん…まかせて…」
にっこりと笑う彼を、どうにも拒むことは出来そうになかった。
110905