上手に泣けないあなたへ


死んだのか。死んだ。そう、死んだの。

涙なんてちっとも出はしなかったけれど、真っ直ぐに私を見つめながらそれを告げる生き残った男の子は、全身が痛いというような顔をしている。彼は死んだシリウスに「一緒に住もう、家族になろう」と言われていた。私とシリウスは夫婦だった。過去形なのは彼が死んだからであって、私が彼を愛していないわけではない。今でも愛しているし、死んでしまったことはとても信じたくないものだ。

「ナマエは、悲しくないの?」

ハリーはリリーと同じ眸を赤く腫らしている。声は少し掠れていて、ずっと泣いていたんだろうということがわかる。悲しいんだろう。苦しいんだろう。私は、私はどうだろう。涙なんて出ない。

死んだんだ、死んだ。アズカバンに入れられた時は、いつか帰ってくるんだと思っていれば十二年なんて待てた。まさか脱獄してくるだなんて思わなかったけど。

「悲しいよ。だけど不思議とね、涙が出ないの。私はシリウスと、生まれた時からずっと一緒だったから。結婚だって親から決められていたものだったけれど、家を出たシリウスと私は望んで結婚した。結婚したのにあいつってばドジ踏んだのかジェームズとリリーとピーターを殺したーみたいに言われてアズカバン行きだし、帰ってきたと思えば脱獄だし犬だしきったないわで手が付けられなかったわ。あの髪、綺麗になったでしょう?私が切り揃えてあげたのよ。まるで犬みたいだったわ。本当に犬だけどね。だけど、だけどね、悲しいって思えば思うほど、なんでだか心臓が痛くて、目が乾くの。涙なんて出るわけないじゃない。だって、目が乾いて乾いて仕方ないの。あの人が帰ってくるって信じて待ったら、前は帰ってくれたのに、もう信じたって神を呪ったって帰ってこないの。悲しいけど、涙なんて出ないの。芯まで乾いちゃって、もうどこを絞ったって水が出てくることはないのかもね」

長らく動いていた私の口が動きを止めた時、呆気にとらたような顏をしていたはずのハリーが、直立したままだった私にばっと飛びついてきた。少し訳が分からなくて、ハリーの柔らかい黒髪で覆われた頭を撫でていると、ハリーが小さく震えて、泣いていることに気付いた。大人びたように見えても、彼はまだ15歳の子供だ。大人びざるを得ない状態にまで追いやったのは私たち大人だった。

シリウスは彼を心配していた。もっと子供のように振る舞ったほうがいい、もっと悪戯だってするべきだし、もっとやんちゃをするべきだし、もっと甘えてもいいと。


どうして死んだの。あなたが死ななかったら、彼をこんなふうに泣かせることもなかったのに。私の心臓がこんなに痛むこともなかったのに。


110815 title:虫喰い