さよならベニクラゲ


不老不死についての著作物はよく見かける。錬金術であったニコラス・フラメル夫妻は、自分たちが精製した賢者の石の力によって不老不死である。では、私はどうなのだろうか。いつまでも変わらない背丈にはもう飽き飽きしている。十五の誕生日以来、私の時間は止まっているのだ。


「君の話がもっと聞きたい」
「そう?何の話がいいかな」
「勿論君についてだよ。ただの人間の時間は短すぎる。僕は君のように不死でありたい。この世に蔓延るマグルどもを殺して、純血こそが全てを統べる、それが僕の願いであり野望だ」
「スリザリン寮の天才、女子生徒からは王子様だと謳われるトムからそんなことが聞けるだなんて。長生きはするものね」

魔法省は私をどうにかしたがっているけれど、どうしたって私より何世紀も後から生まれている魔法使いにはもう手を出すことは出来ない。私が生まれたのは軽く千年ほど前で、ホグワーツの第一期生である。当時の優秀生徒として、金の盾に名前を刻まれているため、私がそのときより存在していることがしっかりと確認されている。

今の魔法界では、私が最も長く生きている魔女だ。

「僕のことはリドルって呼ぶよう言ったよね」
「ファーストネームの方がいいと思ったの。ファミリーネームはお気に入りなのかしら?」
「そういうわけじゃない。トムなんてくだらない名前、掃いて捨てるほどいる。僕はそんな奴らと一緒にされたくないだけさ」
「はいはい、リドルさま」
「馬鹿にしているの」

うっすらと赤みを帯びた眸が不機嫌そうに細まる。彼はサラザール・スリザリンを祖に持つ、純血の生徒、だと彼は主張している。ぐんと高い背に、長くすらりとした脚、艶のある黒髪で、少し憂いを帯びたような秀麗な面持ちは、女子生徒だけでなく男子生徒まで惚れ惚れとしている。普段は猫を被っているために、もはや向かうところ敵なしだろうか。

私を魔法界で知らない者はほとんどいない。リドルもそれに洩れず、私の不老不死についてよく質問を、そして今までの話を話してほしいと近づいて来た。
そのうち、リドル自身が猫を被るのが馬鹿らしくなったらしく、今のように純血主義全開となっている。

「リドルは不死になりたいの?面白くないよ」
「君は長く生きる割に野望や悲願というものを持っていないからさ。それらを成就させるための時間は無限にあるじゃないか」
「無限に…って。私だってそろそろころりと死ぬんじゃないかと思ってるのよ。もう長く生きすぎたんだから」
「そんなことを言うくらいなら僕にその不老不死を寄越してから死んでほしいね」
「怖い怖い。当時のサラザール・スリザリンも不老不死に憧れていたわ。だけど、やっぱり人間は人間として死にたいものだから、やっぱり彼もどこかで死んでいったのでしょうね」

そういうと、ふうん、と少しも興味がないように相槌をくれた。

「ねえ、リドル。私、不老不死はとても寂しい生き物だと思っているの。いろんな人に置いて行かれて、自分にとってほんの少しの時間なのに周りは年老いて死んでいくんだから。それに、自分はいつ死ぬかもわからない身の上だ。死ぬというよりも、もう動かなくなる、って感じかも。だから、不老不死はオススメできな」
「じゃあさ」

長広舌を繰り広げたはずなのに、リドルはそれを遮るように口を開く。

「じゃあ僕も一緒に不老不死になればいい。君はひとりだからそんなことを思うんだろう?僕も同じなら、君がいつ動かなくなろうが僕が上辺ながら悲しんであげるよ」
「私が動かなくなったらあなたが私の番だよ。寂しさに耐えられなくなって死にたくて死ねない」
「残念ながら僕はひとりで生きていく。手下を使い、野望を果たすだろうね」

変なの、と笑うと少しだけむっとした。どうせひとりじゃ生きていけないのになあ、とほくそ笑んでみる。まだむっとしている。

「でも、こっちも残念ながら不老不死になる方法がないの。頑張って探してね。そしたら、私が動かなくなるまで一緒にいてよ」
「いいよ、協力してくれるならね」

 *

「ねえリドル。最期まで同じにはなれなかったのね」
13.01.07