結局君は大丈夫じゃなかった


雨が降っていた。ごろごろとした雷の音も耳に届く。なんだろう、これは。耳が熱い、目頭も熱い、顏も熱い、胸も熱い、全部熱い。なのに心は冷たかった。雨に晒されているわけでもないのに、ひどく冷たい。


彼も、冷たい。


ぼんやりと見ていた。彼が抱き抱えられて帰ってきた。駆け寄った。彼は横に寝かされた。動かなかった。抱き抱えていた人を見た。どこもかしこも痛そうな顔をした。怪我もしていたけど、何より心が痛そうだった。綺麗な2つの緑のまわりが赤い。

「セドリック?」

雨が降っている。雷の音がひどい。私はその所為か声が出にくいようだった。揺すっても動かない彼に問いかけた。順番が逆だなんてどうでもよくて、ただ冷たいままの彼に危機感と疑問、憤りを覚えた。どうして。なんで。大丈夫だって言ったでしょう。

「起きてよ、ねえ」

ぽたぽた、雨がセドリックの頬を濡らして、だけど彼が動くことはなくて。

「彼は、もう起きてはくれんじゃろう」

ダンブルドア先生が私の頭を撫でてくる。知らない。小さい頃のセドリックは早寝早起きが唯一取り柄だった。だから今もすぐに起きなきゃいけないのに、どうしてか起きてはくれない。いつもなら不器用に笑う顏は、目蓋を閉じたままで、いつもの灰色の眸が見えない。馬鹿じゃないの。寝たふりなんて、今時流行らないんだから。

「ねえ、こら、ねえ、ねえってば。殴っちゃうよ、ねえ、起きてよ、ねえ」

声がひどく掠れて、自分の耳でも聞き取りにくかった。雷がひどい。雨もひどい。私の頬なんて、びちょびちょだし、セドリックの顏も雨に濡れたのか、てらてらと光っている。でも、ダンブルドア先生の顏は濡れていないし、抱えていた彼、ハリー・ポッターも濡れていない。眉が辛そうに寄ってはいても、雨に濡れている様子には見受けられない。

どうして私とセドリックだけ、雨に打たれてるの。

「セド、ねえ、大丈夫だって、そう言ったじゃない。私、信じて、だから、なのに、どうして、ねえ、なんで寝たふり、ねえ、起きてよ…!」


嗚咽が抑えられなくなる。雨なんて降っていない。雷なんて鳴っていない。セドリックは寝たふりなんてしてない。私は大丈夫じゃない。

冷たい頬が私に現実を突きつけてくる。なんで、彼なんだろう。

どうして大丈夫だって、また笑ってくれないんだろう。はにかんでくれないんだろう。私はその顏が何より好きだったのに。なんで、こういう風に、見られなくなってしまうんだろう。


とりあえず、彼の胸をどん、と叩いて、それから人目も気にせずに泣き喚くことにした。



110922 title:告別