ハロウィンの日の夕食はパンプキンケーキがあって好き。母親の焼くパンプキンパイも美味しいけど、しもべ妖精たちが作ったであろうパンプキンケーキもなかなかに美味しい。
ふいにグリフィンドールの席に目をやると、ロンくんとハリーが苦い顔をしていた。そういえばハーマイオニーがいないように見える。たっぷりとしている栗毛が全く見当たらない。
もしかして喧嘩でもしたのだろうか。確かにロンくんあたりとは衝突しそう。女子トイレとかにいないかな…よし、一番近い所でも見てこよう。
即決即断って大事。居なかったら戻ってくればいいだけだもの。
口元を拭いて、がたりと椅子をひいて立ち上がる。隣に座るドラコが切り分けたパンプキンケーキを口に運びながら、立ち上がった私を見上げた。
「姉上?」
「あ、お手洗い行ってくるね」
食事中にこういうことはよくないけど、まあ、いいよね。
* *
るんるんで女子トイレにまでやってきましたね。なんだかすすり泣く声がするけど、これがマートルだったらびっくりだよね。マートルって水場なら大体どこでも行けるみたいだから。
一番手前。一つだけ閉まった扉。すすり泣く声。
どうやら私の勘は素晴らしいようだ。
「ハーマイオニー?」
「……ポラリス?」
ぐずっと洟をすする音をたてつつも私の名前を呼んだ声は、私の読み通りハーマイオニーのものだった。やっぱりロンくんと衝突でもしたのだろうか。
「グリフィンドールの席に居ないから…ここかなって思ったら大当たりだった。私ったら凄いよね」
くすくすと笑いながら言うと、少しばかり笑ったような声が聞こえた。扉を開けてもらうのも悪いから、私はもう一つ奥の個室に入ってみた。壁越しの会議だ。
なんだろう、この閉鎖的ながら開放的な感覚…これが女子トイレマジック。
「ポラリスは、私の友達…かしら」
「ん、ハーマイオニーがそう思ってくれてたら嬉しいかな」
うん?なんだか、小さな地響きがこっちに近づいてきてる、ような…?
「…ありがとう」
すん、とまたハーマイオニーが鼻を鳴らす。ハーマイオニーには私なんかより素敵な友達がいると思う。私なんて昨年は全力でぼっちしてたんだもんね。一匹狼キャラは流行らない。
「私、出るわ…今日はハロウィンですもの」
キィ、と個室の扉が開く音がした。ハーマイオニーが個室から出たから、私も出ようと思ったけれど、また扉が乱暴に閉められる音がした。
「ポラリス、伏せて!!」
口から疑問の言葉が出るより早く、ぶおんという音が耳に届いて、嫌な予感と恐怖にさっと身を縮こまらせた。
途端に大きな破砕音。風圧、瓦礫。
緑色の個室を形作っていた板が、ボロボロに割れて私の上に落ちている。わけがわからない。なんだ、これ。
「ハーマイオニー逃げろ!」
入り口の方からよく通る声が聞こえて、首を向ければ、ハリーにロンくんがこちらへ走ってきていた。また風圧と轟音、破砕音がして瓦礫が落ちてくる。な、なに、何が起こってるっていうの!
体に乗ってる瓦礫を掃って、何が起こっているのか把握しようとしていると、つんざくようなハーマイオニーの悲鳴が聞こえた。ばっとその方へ目を向けると、薄黒い緑色のデカブツが棍棒をハーマイオニーのいる洗面台に叩き落とした。
ギリギリよけるけれど、デカブツ…たしか、トロールだったかな。それがまた棍棒を持ち上げたところに、ハリーが棍棒につかまって首に乗った。ハリーの勇気がやばい。私なら死んでる。
ぐるんぐるんとハリーが揺らされる。ど、どうしよう。私、私に出来ることはハーマイオニーを保護することだろうか。下半身が埋まったままだった瓦礫から這い出て、ハーマイオニーのいる洗面台の方へ駆け寄る。
「だ、大丈夫?」
「わ、私は大丈夫、でもハリーが…」
たん、と音がして、ぱっとトロールとハリーの方を振り返ると、ハリーの持っていた杖がトロールの鼻に刺さっていた。おう…ハリーは本当に勇気ある子だと思う…。ことが片付いたらスコージファイをかけてあげよう、そうしよう。
そうこうしているうちに、トロールがハリーの足を捕捉して、中吊りにされてしまう。
「何かやれ!」
「何を!」
ロンくんにハリーが叫ぶ。棍棒が振るわれるのを避けながら、なんでもいい、とまた叫ぶ。私は先輩なのに、むしろ大人でもあるというのに、こんなとこに何にもできない。ハーマイオニーの肩をぎゅっと庇う。
「びゅーんひょい、よ!」
ハーマイオニーがロンくんに叫ぶ。杖を構えて、浮遊呪文を唱えた。トロールの手から棍棒がするりと浮いて、違和感にトロールが上を向く。浮いた棍棒が、頭に。ぐらりぐらりと揺らいで、倒れこむ。ハリーはぎりぎり上に落ちてこられるのを回避したらしい。
「これ、死んでるの?」
「気絶しただけだよ。…うええ…トロールの鼻くそだ…」
「うわぁ…」
鼻から抜かれたハリーの杖は、ぬちゃぁ、と半透明のものが纏わりついている。これは、ひどい。私はローブの内側から自分の杖を取り出して、ハリーの杖に向ける。
「スコージファイ!」
ぱっと杖にまとわりついていた鼻くそが霧散する。ハリーはローブで拭こうとしていたから、これはなんとしても阻止しなければ、と急いだ結果がこれだけど、まあ大丈夫だと思う。
「あ、ありがとう」
どういたしまして、と答えようと口を開こうとしたところで、多数の足音が聞こえた。出入り口には先生たちが。あ、これは、怒られる感じだ。ど、どうしようか。
マクゴナガル先生がひどく怒っているのがわかって、私が一番年長者なんだから最初に口を開こう、と思っていたんだけど、とんとん拍子でハーマイオニーがハリーとロンくんを庇ってしまう。どうしよう、このままじゃハーマイオニーが悪いみたいじゃないか。
「ハーマイオニー、そんなこと言わなくていいよ。先生、私がハーマイオニーを誘ったんです。一緒にトロールを倒さないかって。私は、この子の先輩なのに。危険な目にあわせたんです。私の、私の責任です」
マクゴナガル先生がびっくりしたように私を見る。ちょっと怖いけど、まあ良しとしよう。
最終的にグリフィンドールに五点、スリザリンは五点減点になった。それくらいですんでよかったと思う。まあ、五点なんてどうにかできると思いたい、かな。うん。
そういえば、セブルスが右足を庇っているように見えた、ような。
(プラマイゼロ−5)
110829
←