双子に連れられてグリフィンドール寮に侵入した私です。彼らが言っていたようにハリーにハーマイオニー、そしてロンくんが課題らしき羊皮紙に向かって唸っていた。デジャヴを感じつつ、ハリーとロンくんが座るソファーの後ろから羊皮紙を覗き込むと魔法薬学の課題らしかった。この子たちもか。

「勉強進んでる?」

「ぼちぼちかな…、ポラリスは?」

「私は課題出てないんだ」

にへら、と笑いながら、ハリーの私よりくしゃくしゃの髪を撫でる。息子を見るような気分に浸るのはなぜだろうか。いや、私には息子なんていなかったけど。私が生きてるうちにこの子はいなかったんだろうし。

「ハリー、そこ、葉じゃないわ。茎よ」

ハーマイオニーの指摘が入る。私は見ていても全く気付かなかったのに、ハーマイオニーはやっぱりすごい子なんだろう。リリーを思い出すようだけど、そうやって重ねて思うのはどちらにもいいことではないから、その考えは頭をふって散らした。

「あ、そうだ。ロンくん、私の名前知らないよね?」

ロンくんにそう話しかけていると、双子がニヤニヤとしているのが視界の端に入った。そういえば彼らは兄弟だっただろうか。でもどうしてにやにやするんだろうか。私があからさまにはしゃいでいるとでも言いたいのか。そうなのか。人恋しいんだよこっちは。私一匹狼キャラ気取っちゃたからね!

「ハリーとハーマイオニーから聞いたけど…君、あのマルフォイの姉さんなんだろ?」

びくり、と背筋が跳ねた気がした。そうだ、私はフォンダンじゃなくて、マルフォイで。そしてもってドラコはどうやら彼らに喧嘩でも売ってしまったらしい。

「でもロン、姉弟だからってそんなこと言うべきじゃないよ」

ハリーの言葉にハーマイオニーと双子がうんうんと頷く。うれしいんだけど、なんだか素直には嬉がれないようなことだ。まさか知らぬ間にロンくんに嫌われていたなんて。そしてドラコ、あなたは何をしでかしたの。

「ドラコが何をしでかしたのかは、わからないけど、…ごめんね」

「えええ…あ、謝られても、その…」

「あのね、ロンくん。私ポラリスっていうの」

ロンくんの羊皮紙に無意味な線が増えていくのを見ながら、ロンくんに自己紹介をする。こういうのは自分からしないといけないんだからね。私の気が収まらないだけなんだけども。

「う、うん」

「うん。お友達になろう」

「うん…うん?」

素直に頷いて、そのあと首をかしげたロンくんの頭をハリーよろしくかき混ぜる。うわぁ、とか聞こえたけど気にしない。双子がまた爆笑してるのはなぜなんだろうか。私がはしゃいでいるからか。二度目だぞ。おい。


「なぁおぅ」

「ああもう、どうしてお前はこうやってぴしゃりとくるんですか…」

部屋の方から猫を抱えた人が降りてきた。間違えるはずもなくレギュラスさんである。抱えられている猫は毛玉であり、甘えてやがる。どうしよう。なんだか毛玉が羨ましい。あの子ったらやっぱりレギュラスさんを探し当てていたのか。

「よ、レギュラス」

「ジョージ、あ、ちょ、毛玉、爪、ひっかかって、」

レギュラスさんの黒いベストにぷらりとぶら下がる毛玉を見て、双子やハリーたちが笑う。ついでにいうと私も笑っているんだけど、ぱっとこちらをレギュラスさんが見ているのを見て、石みたいに固まる。毛玉はぽたりと落ちて、私の足元にやってきてでこを押し付けた。

「…ペットは飼い主に似るんですね」

「そ、そうですかね…」

さっきまで毛玉で笑っていたみんなが頭にクエスチョンマークを何個か浮かべていることは間違いないだろう。双子はともかく、ハリーたちにとっては私とレギュラスさんの繋がりがわからないだろうし。…私だって、いまだによくわかってないし。もし理解してる人がいるとしたら、それはレギュラスさんだけじゃないだろうか。

「ポラリスはいつだって僕のところにまっすぐ来ていましたよね。僕が拒絶しても、何度も」

周りがさらにクエスチョンマークを浮かべる。レギュラスさんには周りが見えていないのだろうか。せめて人のいないところで言ってくれたなら、あ、だめだ私の精神が保たない可能性が高い。

「友達になろうって。訳が分からなかったです。僕は、貴方を嫌いだって、貶して、誹っても、ポラリスは、どうしてだか泣かなくて、萎れたようなへらりとした笑い顏で僕を見るんです」

何かを思い出しそうな、そんな言葉がレギュラスさんの口から放たれて私の耳に入る。レギュラスさんが言っているのは、きっと「前」の時のこと。だけど、それでも、私は、レギュラスを愛していたはずなんだ。薄霧がかかっていて、明確でも真実でもないとしても、きっとそれだけは確かなはずで。

私の横を通り過ぎて行こうとするレギュラスさんを振り返らずに、私は唇を噛んだ。レギュラスさんがもし全部を覚えているとして、どうして私は全部を覚えていないんだろう。強く残っているものといえば、これくらいしかないけれど、「前」の私の思いの丈が、これなんじゃないだろうか。

「レギュラスさん、どうして置いていこうとするの」

静かに響いていた靴の音が止まる。一度、止まって、だけどすぐにまた音が響いて、聞こえなくなる。

この言葉は、きっと、私とレギュラスの、最期の言葉なのだろうか。置いていかれたくない私の、最後の悪足掻きだったであろうその言葉が、今もレギュラスさんを苦しめているのだろうか。


「…ポラリスと、レギュラスは、どういう関係なの…?」

ハリーが控えめに聞いてくるのを、私は薄いガラスを隔てた向こう側のような感覚で見ていた。すぐにはっとして、ハリーに向き合う。どんな関係なんだろうか。まさか前世の恋人みたいな何かです。だなんていえるはずがない。

「え、へへ。腐れ縁みたいな、そんなものだよ」

至極曖昧に返しつつ、あまり聞かれても困るから毛玉を抱きつつ、それじゃあ、と談話室を飛び出した。レギュラスさんが外で待っているだとか、そんなことはあるはずもなくて、私は、一人と一匹でスリザリン寮に帰る。

寂しいだなんて、苦しいだなんて、慣れきってしまっていたのが、「前」の私だろうか。だけど、マートルとリリーだけに見せた弱音が、胸のどこかにひっかかる。



(対の棘)