さぼりなんてするものじゃないな。なんて考えつつ私はため息をついていた。

三階の女子トイレにて、魔法史の授業をさぼっていた私だけど、まさかマートルに捕まるなんて思ってもみなかった。そういえば彼女は水回りの中でも特にここにいるんだった。

「ねぇ、どうしてあなたそんな姿してここにいるの?」

「いや、生まれ変わった、みたいなのかな」

「前」の時もこうやって雑談していたような気がする。時々リリーも交えて三人で。マートルは私がこんな風になって生きているのを不思議がっている。

私が死んでたことは知らなかったみたいだけど。

「あたしなんてもう五十年くらい経つのに」

「マートルはゴーストだからね」

「…ねぇポラリス、あなた彼は?」

「彼?」

唐突に話を切り出してきたマートルに首を傾げつつ、まばたきに二、三回繰り返してまたマートルを見た。当てはまるであろう人物なんて思い浮かばない。彼。誰だろうか。まったくピンとこないけれどマートルは少し心配そうな顔で私の顔を覗き込んでいる。

「あなた、まだ頭が黒かったときによく泣きながらあたしに相談してたじゃない。なんって名前だったかしら…」

「あ、レギュラスのこと…?」

頭が黒かった頃っていうのは「前」のことだろう。五年生くらいだろうか、あの頃レギュラスと出会って、友達になろうとしていたんだけど、私がマグル生まれで、彼が純血主義であったことからこっぴどく言葉の暴力を受けたわけです。その度にマートルに泣き言を言いにいっていた。

「そう、そいつよ。ポラリスがこんなとこにいるんなら、そいつのことは置いて逝ったの?可哀想ねぇ」

「あ、ええと。レギュラスは、私より先に…その」

「そう。なんだかんだ変なカップルだったものね。そのレギュラスってやつは長生きするとは思ってなかったもの、あたし」

マートルがにたぁ、と笑う。これは彼女が死んでいるからこそ言えることなんだろうなぁなんて思いつつ、私は背中を預けていた洗面台に振り返って、鏡に映った自分を見た。銀色の髪の毛が、今と「前」の違いを示す。今の私はマグル生まれじゃない、些細なこと。

あの頃、レギュラスは途中からマグルだとか、純血だとかを気にしないようになった。なんでなのかはわからなかったけれど、彼が私を真っ直ぐに見て、ぎこちなく笑ってくれたのがすごく印象的で嬉しかった。作ったような笑顔じゃなくて、薄い色の眸は冷たくなくて。

「知らないうちに変わっちゃって、寂しいでしょ?」

「そうだけど、変わってないところもあるよ。マートルとか」

けらけらと彼女が笑って、私は鏡から目を放す。マートルはゴーストだから変わりようがないんだろう。寂しいことだけど、仕方のない事実だ。そういえばサー・ニコラスとかも私のことを覚えているような、そんな顔をしていた気がする。

だいたい授業が一コマ終わったであろう時間になったから、マートルに手を振ってトイレを後にする。きょろきょろと周りを見て、誰もいないことを確認しつつ、私は歩き出した。闇に対する防衛術の授業は今何年生が受けているんだろうか。

私は、自分が二度目の人生をどうして歩んでいるのか、少しもわからないまま。レギュラスさんがどんなことを思って私を見たのか。それが今知りたいことなんだと思う。不意にレギュラスさんを探さないといけない気がした。

三年生の授業がどこでやってるかなんて、わからないけど、それでも探したいと思った。会いたいと思っているだけではいけないんだろう。



(あいたいひと)