夢を見た。目の前にはさらさら黒髪のレギュラスなのか、レギュラスさんなのかどちらか判別がつかない人が立っていて、私は彼を追いかけている。声は出ない。手を伸ばしても届かなくて、私は叫ぼうとするんだけど、やっぱり声は出ない。

待って、置いて行かないで、一人にしないで、ずるいよ、ひどいよ。いろんな言葉が喉の中でぐるぐると渦巻いて飲み込むこともできなくて、吐き出すことも出来ないまま消える。

「どうしろって、いうの」

瞼を押し上げながら呟くと、目の前に広がるのは自分の部屋の天井で。

そういえば今日はドラコのもろもろの学用品とか、私の今年の教科書だったりを買いに行くんだった。

どことなく重い体を起こして着替える。レギュラスは、レギュラスさんは、私に何を求めているんだろう。夢にまで出てきて、私に何を伝えたいんだろう。ただの杞憂かも知れないし、もしかしたら重大なことかもしれない。真実を知る術を私は持っていない。

私は、どうしたらいいんだろうか。

 * *

朝食を済ませて、ダイアゴン横丁へ煙突ネットワークを使って飛ぶ。いや、これは飛んでいるのか定かではないのだけど。私には仕組みを全く理解できなかったから、そんな風に表わさせていただく。

「ドラコ、貴方はマダムマルキンの洋装店へいってらっしゃい。今日はきっと人が多いと思うから、ちゃんと待つのよ?私は先に杖を見ておくわ」

「私は教科書を見てこよう…ポラリス、お前もついてきなさい」

そういって家族がばらける。馬鹿な、私が父上と一緒にお買いものなんてしたくないです。私思春期なんです。反抗期なんです。ちょっと早いとかそんなことないです。敬語を使う程度には嫌ですね。

とは言っても父上先に行っちゃってるね。フローリシュ・アンド・ブロッツ書店の場所は、一応覚えているけど、この人の多さだと辿り着くまでが遠いような気がする。しかし人に流されるんだけど、ちょ、まって私こっちに行きたいわけじゃないんだけど。あば、ばばば。

 * *

「…迷子」

これはひどい。やっと人の波から出れたんだけど、ここはどこだっけ。漏れ鍋か。陽気そうな声がするから、きっと酔った人がいそうな気がする。うん、漏れ鍋だ。メイビー。

…手持ちのお金はそんなにないけど、バタービールくらいなら普通に飲めるはず。父上も母上もドラコも、きっと後で私のことは探してくれるよね。きっと父上は私の今年の教科書も揃えてくれるよね。

店に入って、カウンターに座る。カウンターの向こうにいるマスターが、気さくに声を掛けてくれるから、バタービールを頼んでみると、すぐに出してくれた。やっぱり子供がこんなとこに来るとしたらバタービールくらいしか頼まないのかな。

ぐいっと飲む。バタービールはいくつになっても美味しい。あ、いや、まだ十二歳だけど。今の私になって初めて飲んだけど。

「ハリー・ポッター?」

もともと騒がしいかったところに、誰かが入ってきたらしく、少しだけしん、として、またざわざわと声が連なった。なんだろうと振り返ってみると抜きんでて大きな人と、くしゃくしゃ黒髪に丸眼鏡の少年がいた。大きな人は、明らかにハグリットで、少年は、どうにも、私の知り合いにしか見えない。

椅子から降りて、人の間を縫って少年の前にまで出る。

「ジェームズ!!」

「え、ええ?」

少年が戸惑ったような顔をして、周りに連なっていた人も同じようになんだか戸惑って見えた。少しハッとして、少年の顔をよく見る。くしゃくしゃの黒髪、丸眼鏡、、でもその奥にある眸は意志の強そうなハシバミ色ではなくて、アーモンド型の綺麗な緑。ふいに思い出すのは生き残った男の子。ジェームズと、リリーの息子、つまり。

「あ、あ、ごごめん!人違い、人違い!!」

「誰かと思えばポラリスじゃねえか。ジェームズと見間違えるのもしょうがねぇ。ハリーはようにちょるからな」

「ハグリット、あの、この人は?」

やけに大きな手に頭をくしゃっとされたと思ったらそれはハグリットのもので、まあ隣にいたもんね、ごめんね放置しちゃって。

「こいつはポラリスっちゅうてな、お前さんのおっかさんと…」

「ハグリット、それ言っちゃダメだって!」

おおすまん、なんて言いつつ私の頭にまた手を置いてもさっとした。もさってなんだ、なんで頭に手を置いたの。しかしいつかハグリットは色々な秘密とか喋っちゃうんじゃないだろうか。絶対そうだよ。ハグリットは正直者だし、嘘を隠すのだって苦手なんだから。

「ええと、ハリーだね」

へらり、笑って少年、じゃなくてハリーに向き合う。似てるけど違うのが分かる。二人に似てるけど、どっちにも似ていないような、似ているような。

「私は君の一つ先輩で、スリザリンに入ってるけど、…たぶん君は違うと、思う」

わからない、というような顔をされた。そういえばマグルの叔父叔母のお家で育ったんだったっけ。じゃあ知らないのも当たり前かな。うん。

周りにいる、「生き残った男の子」と話したい人がいる中で、私がこんなとこに居続けるのもなんなので、母上でも探しに出ようかと思う。それじゃあ、なんて片手を振って背中を向ける。人の壁は意外にもすぐに道を作ってくれてそのまま通りに出る。

母上はきっとオリバンダーさんの店に行って、先にドラコの杖を見ているんだろう。父上は書店にいてくれていると信じている。んで、ドラコはまだ並んでるんじゃないだろうか…寂しがったり、しないよね。あの子も、もう十一歳だから。

とりあえずオリバンダーさんの店に行こう。


そういえば、漏れ鍋から出るときにすごいにおいがした。加齢臭?いや、あんまり強いからわかんないけど、ニンニクのような、そんなにおい。



(生き残った男の子)