学年末試験、つまりテスト。学生達が頭を悩ませる、学業での名前を言ってはいけないあの人的な存在。その真っ只中に私はいる。しかし私には強い味方がいるのである。「前」の記憶が、私を助けてくれる…!
「…そこまで。羽根ペンを置きなさい」
なんてことなくテストを終える。私はやったぞ。もう何も恐くない。しかし顔にはそんな考えは現れずに、冷静そうに澄ましているんだろう。
学年一位だなんて無理なのは当然だけど、上から二十には入りたい。あんまり悲惨でも父上が五月蝿いだろうしね!悲惨だったらマルフォイ家の恥曝しーとか口走っちゃうんだろうね、あの人。
* *
廊下はざわざわと生徒でひしめき合っている。テストは今日で終わりだから、みんなも気が抜けているんだろう。
もうすぐ夏休みだから、つまりは進級ってこと。暑いからローブなんて着ていない。一応快適に過ごせるように魔法がかけてあるんだろうけど、やっぱりローブはだめだ。成長を考えて大きいものを買ったからずるずるだし。
「…あつい」
人が多いと余計に。
湖にでもいけば涼しいかもしれない。あと毛玉も連れていこう。一旦自室へ帰ることにする。
毛玉は、私のベッドの上で仰向けに伸びていた。すごく…おっぴろげです…。とりあえず抱き上げると、ひどく不満そうに「なぉう」と鳴いたけど、気にしてはいけない。
* *
「なぅ!」
「あ、毛玉、ちょっ」
あと少し歩けば湖、というところで、さっきまで一応大人しくしていた毛玉がたんっと私の腕を蹴って地面へ降りた。
あの夜みたいにダッシュして行った毛玉に呆れつつ、進行方向が同じなのをいいことに普通に歩いていく。まさか湖に飛び込むような真似はしないだろうから、そう心配はいらない、はず。
湖には大イカとか色々いただろうけど、よっぽどの事がない限り湖からは出てこない。のっそりと湖に近づいていくと、毛玉だけじゃなくて人影もあった。
さらさらした黒髪。これだけ確認したところで私の足はぴしりと固まった。綺麗な黒髪の生徒なんてたくさんいるのに、どうにもおかしい。さらつや黒髪恐怖症にでもなっているのかもしれない。私やばい。
「みゃあん」
「またお前ですか」
響いた声。どんぴしゃりでレギュラスさんに間違いない。毛玉がもふもふの頭をレギュラスさんの足にこすりつけている。なんか、毛玉が懐いてる?
「…あ」
「え、あ、その」
気付かれた!もうやだ穴があったら入りたい。湖に飛び込んでしまいたい。
レギュラスさんは薄青い眸をぱちくりさせた後に、寂しそうな顔をした。どうしてそんな顔をするのかは分からなかったけど、彼のそんな顔を見たくないとは思った。
「逃げろって、言ったじゃないですか」
「え…」
「ポラリスに、僕みたいになってほしくはなかったんです」
ぽつりと、独り言を言っているような感覚でレギュラスさんが呟く。何度か見た夢を彷彿とさせるような言葉たち。
「あの、」
「この子、名前は毛玉…ですか?」
「そ、そう、です…よ?」
遮るように発せられた言葉に、逆に聞き返すような発音になってしまった。どうして毛玉の名前を知っているんだろう。毛玉は放蕩猫だけど、首輪には名前を書いていないはず。
「そうですか、変な名前をつけるのは変わってないんですね」
「あ、…え…」
レギュラスさんがまた寂しそうな顔で笑った。まるで「前」の私を知っているみたいな口振り。やっぱり、彼は。
「ポラリスは、」
「は、はい」
「僕に関わらない方がいいですよ」
悲しそうに細めた薄青い眸が、真っ直ぐに私を射抜く。関わらない方がいい?どうして?私は、私は。
「今は消え去っているけれど、あの人はきっと――僕はそれを止めたい。だから僕に関わらない方が」
「…置いていかれるの…やだよ…」
無意識のうちに呟いた言葉が目頭を熱くさせていた。なんでそんな風に呟いたのかなんて分からない。自分の言葉の所為で泣くなんて、おかしいのかもしれないけど、ぽろぽろと涙が零れる。
レギュラスさんが目をまんまるくしている。毛玉が私足元をくるりと回ってなうんと鳴いた。
「あ、いや…あの…」
「…っ、ごめんなさい」
そう言うと、すくりと立ち上がってレギュラスさんが城の方へ走り去ってしまう。引き留めたかった、なんて考える私の伸ばされた右手は、どうすればいいの。
(行き場をなくす手)
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